2018年 8月 の投稿一覧

2018年 08月30日 庄田愛海さん、対バンライヴ/渋谷StarLounge

かねてより応援している

庄田愛海さんが出演する、

対バンライヴ(一組(一人)20分位の持ち時間で次々とアーティストさんやアイドルさんが出てきて歌う)に行きました。

 

Twitterでリプを送りまくった上に、

インスタグラムの感想まで

Twitterのリプで送ったりして

マナーがなっていなかった自分にとって、

出演ライヴの応援に行くのは、

「SNSをやってくれていてありがとうございます。そしてマナーは気をつけます」と言う

謝罪と、感謝の意味も込めてのライヴ観戦でもありました。

(私に勇気があれば、自意識過剰だと分かっていても、その話をできるのですが・・・)

 

私のスタンスとして、

変にこだわりすぎたり、想いを膨らませ過ぎたりすると、

妄想による妄想をしてしまい

自分がツラくなる上に、応援が楽しく無くなってしまうので

庄田愛海さんが、活動してくれることへの感謝を

紳士ぶれる形で応援できたら理想的なのですが・・・。

 

ステージ上で輝く庄田愛海さんを目的としている時点で

大好きが止まらない!状態なのですが、

「好き」が活発化すると

どうしたってツラくなるので、

(失恋から始まる応援 by (プロインタビュアー・有識者)吉田豪先生)

ファンの1人としての自分を強く自覚しながら、

あくまで「+1」であることを思い、会場へ向かいました。

 

気候は暑かったですが、

庄田愛海さんのファン「+1」になることを考えつつ

普段のSNSに感謝もしつつ、

ライヴ会場に行くことは、むしろ楽しいくらいでした。

 

渋谷のセンター街を抜けた先にあるライヴハウスで、

すぐさま庄田愛海さんの、オフィシャルグッツのTシャツに着替え

汗をひかせるために、

空手の息吹(いぶき)のような横隔膜ストレッチをして

床にべったり座り込みました。

 

その時に歌われていたアーティストさん(っと、そのファンの方々)には、

本当に申し訳ないとは思いましたが、

本命絶対!なので勘弁して欲しいところです。

 

汗が引き、足の疲れも抜けてきたところで、タバコを一服して、

心を落ち着けるようにしました。

 

程なくして目的の庄田愛海さんがステージ上に。

 

カバンから、庄田愛海さんのオフィシャルタオルを取り出し

真ん中の端の方で見ようかと思っていましたが、

庄田愛海さんの、「ハイ、皆さん前に出てきてください」をきっかけに、

勇気を出して、最前列から少し離れた、真ん中のポジションをキープしました。

 

しかし、一度も顔をあげることが出来ませんでした。

 

自分にとって一番の、魅力的な女性が、すぐそこに居て

観客気取りでアーティストさんを見ようと思っても

とっても恥ずかしくって、顔をあげることが出来ませんでした。

魅力的すぎます。

もし目があったらとか思うと、申し訳ないという情けなさもありますし。

 

ライヴハウスの良い音での大音量で、

庄田愛海さんの生歌を聞けて、

バラードが2曲入っていたので、

庄田愛海さんの世界観に入り込んで、とってもいい気分になれました。

う~ん。しあわせ。

 

ステージが終わると、各アーティストさんは、

客席を周り、ステージ上のアーティストさんを邪魔しないように

固定のファンや、新規のファンの方々とお話したり、

ステージ上のアーティストさんを盛り上げるために、

手拍子や踊ったりするために、

客席に登場するのですが、

目的の庄田愛海さんも、客席に登場されました。

 

勇気を振り絞り話しかけますが、

全然言葉が浮かんできませんでした。

 

考えてもみてください。

 

話しかけた、トップスターが、真横に居て

いつ話しかけてもいい状態

下手したら、オレが誘って、一緒にライヴに来たんじゃないか?と思えるような立ち位置。

 

しかもその相手は、可愛くって魅力があふれるアーティストさんなのです。

どこを見ても、魅力的!

 

私は自分を草食男子とか肉食とか考えませんが(肉食系オヤジには憧れがありますが)、

あまりにも素敵すぎる女性。

 

しかも、ついさっきまでステージ上でキラキラと輝きながら

素晴らしいパフォーマンスをした方が、

まるで彼女のように横に立っていたら、(しかもキラキラを失わないで)

普通ならば平常ではいられないと思います。

 

私の得意技

「戦うか!逃げるか!反応」が

早くもMAXで顔を出しました。

そして、

「逃げる!」反応が、

全力でアクセルを踏みました。

 

「お疲れ様でした。帰ります。」そう言って、会場を出ようとすると

後から追いかけてきてくれて、

見えなくなるまで見送ってくれるのですから

そりゃ~、好きにもなっちゃうのも当然なわけです。

 

一つ「面白いなぁ~」っと思ったのが、

ライヴハウスを出た直後、5~6人の外国人が喋っていたのですが、

日本語の流暢な1人の黒人が、他の外国人に

「外国人は日本人が思うほど全員あそこ大きくないよ。でも俺は大きい」→他の外国人に、英語でしゃべる

と言うようなシモネタを思いっきり喋っていて、

好き+憧れ。の間に。

シモネタレクチャー外人。その間に、私。っと思い、

ライヴハウスの扉を見たら

アーティストさんがまだ見送ってくれていました。

しあわせすぎて、入場料払って、もう一回入場しようかと思ったくらいです。

 

本当は、他に応援の方法がわからないので、

CDを何枚か買おうと思っていましたが・・・。

CDを買うとか、グッツを買うとか、それ以外に応援の方法があまり思い浮かびません。

 

お花が大好きな方だ。

 

スターバックスによく行く方だ。

 

と言うのは知っているので、お花の差し入れや

スターバックスの券を購入してお渡ししようかとも思いましたが、

 

「だったら、そのお金でCD買って貢献したほうが・・・」とも思ってしまいますし、

私は、自分で花は育てますが、育てた花を切れませんし、

スターバックスも行ったことがないので、サッパリわからないので、

「JTBの商品券」を持っていこうかとも思いましたが、

何かが違う?っという思いがあり、辞めておきました。

 

一つ絶対に忘れてはいけないことがありました。

それは客席の雰囲気です。

 

特に女性に特化したアイドルライヴや、アーティストライヴのことなのですが、

客席は、出演者が女性が多いと、どうしたって男性が多いのですが、

私は、この男性の多い客席に癒やされます。

 

傷ついている人が多いです。

世間に気を使いまくって、生きている人も多いです。

モラル・ルールさえ守れば、みんなすぐに仲間になれます。

そして癒やされます。

 

お気に入りのアーティーストだけじゃなく

それ以外のアーティストやアイドルも、応援して楽しみます。

たとえアーティストが男であっても。

 

凄く平和で、優しい空間です。

知らない者同士が、同じ応援Tシャツを着て

肩を組んで応援して、大きな声でアーティストのためになればと一生懸命で。

 

私はそんな空間に癒やされます。

 

たまに酔っ払いや、ハメを外した人や、空気が読めない人も出現しますが、

ヲタの中にも喧嘩が強いと言うか、迫力のある人はたくさんいて、

あまりにもひどいと、ドスを聞かせて相手を潰します。

 

安全で、平和で、しかも癒やされる客席で、

大好きなアーティストさんのステージを見て、

その後、勇気を振り絞って、お話してもらって、

斜陽傾向にあるアーティスト、アイドル界ですが、

どうかこの空間が長く保たれることを祈ってやみません。

 

 

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2018年 08月28日 オッサン臭さ

私がチビッコだった頃、

車や電車、バス、などで、

クサイ匂いをずーっと嗅ぐような席や

おっさん臭を嗅ぎ続けられる場所に居続けて、

拷問を経験してきた(元ちびっこ)ものとして、

無臭で居たいという思いは強くあります。

 

近所のコンビニや、スーパーに行くくらいならば

自分の匂いに敏感になることはありませんが。

 

子供だった頃、何よりも苦しかったのが

父親のニオイでした。

 

凄く気持ち悪くもなるし

精神的にも苦しくって、

吐きたくもないゲロを吐いたりもしました。

 

気持ち悪くなるニオイを

何時間も嗅がされ続けるのですから。

 

子供さんの乗り物酔いは

必ずしも胃腸の揺れにあるとは思いません。

 

緊張もあるでしょう。

 

でも一番の拷問的苦しさは

「ニオイ」にあるような気がいたします。

 

そして今、私が、見事なまでに、

父親のオッサンのニオイを受け継いでしまっているわけです。

 

父親のキツイ匂い。

オッサンとしてのキツイ匂い。

不衛生な中年としてのキツイ匂い。

 

このニオイを抱えまくっているのですから

さすがに乗り物などのような密閉空間に、

全くの対策を施さずに、乗り込む気はないのですが

自分もこういうニオイを発散させる存在になった=社会悪。

になってしまったのだと思わざるおえません。

 

普段着のシャツや、

普段持ち歩くカバンにも、こういう匂いがついているのでしょうか。

 

だとしたら、かつての私のような、チビッコを

拷問状態に置くことになるのですから、なんとか対処したいものです。

 

お手軽な対処作として、

洋服ダンスに、トイレに置くラベンダーの芳香剤を入れましたが、

結構、芳香剤のニオイがキツイので

考えものです。

タンスの洋服に、キツイ芳香剤の匂いがついたら

それはそれでまた問題だとも思いますし。

部屋の中まで、ラベンダーのニオイが充満しています。

 

・・・・・・・・・。

 

そもそも、

オッサンってなんなのでしょうか。

 

お金のあるオッサンは、若い女性を金で買って

若い女性の精神を傷つけて。

 

汗をかけばクサイし、

酒を飲めばクサイし、

酒を飲んだ翌日もクサイし、

そもそも、

何もしなくてもクサイし。

 

犬には嫌われるし(オバサンは犬にもチビッコにも大人気)、

チビッコには犯罪者のような目で見られて。

 

原始の世界、

江戸時代くらいもそうかも知れませんが、

この年齢のオッサンは死んでいたのでしょうね。

生きていても、

食うほどの、偉そうなことを言うほどの、働きはしなかったのでしょうね。

 

なんにしても、

私が子供時代に味わった、匂いによる苦痛。

特に、オッサンの匂いをかぎ続けさせられる苦痛は、

私はチビッコに対して、したくないのですが、

たぶん無理です。

 

だって、存在がすでにクサイですからね。

 

高級な香水を買おうとも思いましたが、

気がついたら、

近所のスーパーで、

トイレ用の芳香剤を買っていました。

 

でも、本心から思うのは、

チビッコや、匂いに敏感な方々に、

臭い匂いを嗅がせ続けても平気であるということは

決して無いということです。

苦痛の子供時代を過ごしたものとして。

 

ゆるさなくて良いですし、

クサイ場合はそう言っていいと思いますが、

若い方ほどそういう礼儀がしっかりしてますし

チビッコはただ苦ししいだけでしょうし。

 

・・・・。

 

 

クサくてごめんなさい。

 

 

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2018年 08月25日 なんか思う

私が中学生時代に

バブルは崩壊しました。

 

それ以前から、

バブルの崩壊は、私の同級生の中学生でさえ、

「バブルって泡でしょ。破裂するんだよ。バブルは崩壊するよ」っと、

薄ら笑いで、説明してくれていました。

 

バブル崩壊の最中に中学生になった私は、

近所に出来た、レンタルビデオ屋さんで

「18歳以下だからダメっと言われれば仕方ない」っとあきらめ半分で

コギャルのAVをカウンターに持っていくと

見事借りることに成功しては

視聴していました。

 

同級生の、16~18歳の女子には、

話しかけることすら出来ない。

それなのに、コギャルぽいAV女優を同級生だと思いながら作品を借りては

順調な勢いで童貞をこじらせていきました。

 

私が、18になる頃、

高校を卒業する頃には、バブルがほぼほぼ崩壊していました。

(不景気と言う程ではなかったですが、求人は毎年減っていきました)

 

20歳以降には、非常に排他的で絶望的な社会の流れがテレビに写り、

(あと、モラルの壊れた女子高生の現場レポートとかも)

未来のない世界観を表現した作品が、多く世に放たれて行きました。

 

戦うこと、求めること。

それ自体が無意味な廃墟な世界のような。

 

揉め事や、感情の起伏など、波風立つことを極端に避けていた時代でした。

 

性に関しても

女子高生が簡単にパンツを脱ぐ時代を通過した直後、

真面目そうな子さえ

そうしているという、メディア情報も多数ありました。

(ギンギンな情報ですが)

 

今思えば、いつの時代だって変わらないのだと納得できてしまいますが。

 

金村義明さんの本「在日魂」(名著)を読んで知ったのですが、

ニヤニヤしながら、己の前に来て

近づいてくる女性って、

ほぼ、(まぁ、やられてもいいかな)知り合いになりたい目的だったのでしょうか。

 

そういえば、ナンパ師のブログに書いてあったやり方に似ているような。

 

私は、気のせいか妄想か幻覚でしょうが、

一定の距離をとって見つめてくる女性がいました。

会ったことも名前も

もちろん知らない、誰だかもわからない女性なのに。

 

そして、

「逃げるか!戦うか!反応」を発揮していました。

 

性欲がある女性に

「ジー!」っと、上目使いされて

至近距離取られたら、怖いですからね。

(妄想か幻覚だと思いますが)

思いっきり童貞でしたし、女性は凄く崇高で高貴な存在だと思っていましたから。

 

もちろん逃げました。

 

でも、勘違いした友人達が、

「なんか最近俺女に見られている」

「俺ってなんか怖いと言うか人見知りなのかなぁ」とか言い出したときには

俺は友人まで失わなければいけないのかと思いました。

 

多数の友人がことごとく同じセリフを吐きました。

友人がモテていると思ったようです。

 

時は過ぎ。

見事なオッサンとなった私。

 

イイ男で売ってきた芸能人がむしろ気の毒なくらいですよ。

だって人間誰だってオッサンになるのに、

頑張って、若作りしたって、若者の新鮮な色気の前では

ただのオヤジですからね。

(でも、オッサンが着る服って高いんですよ。

だからユニクロとかスーパーで買っちゃうんですが

それを若作りと見られたらキツイです。

アルマーニなんて買えないし、ワークマンで作業着を買うのもなぁ)

 

有り余る金銀財宝と、一夫多妻制を許容する本人の価値観があれば

ハーレムを作ったり、おめかけさんを作ったり出来ると思うのですが、

それすら出来ない、

ただの金持ちの男というのは、

いかがなものだとも思います。

そのうえで、オッサンでイケメンズラって・・・。

 

私に、財産があれば、

たとえ面倒でも、オックウでも、

やはり一夫多妻的なフォーメーションを作らざるおえないでしょう。

 

だって、人間社会はそういうものですからね。

 

その逆に、

金銀財宝を持て余す女性が、

好みの男性を多く囲うのも、

もはや当然だとも思います。

 

倫理的と言うか、常識的と言うか、ゴシップ的と言うか、

そういう面では叩かれるでしょうけれども。

 

ただ、強く懸念するのは、

愛人になるのは、25歳までにしておいて欲しいとも思います。

 

おめかけさんになったり、ハーレムの一員になったり、事実婚のような、

財産分与を受けるのならば

年齢は関係ないとは思うし、子供をたくさん産んだら良いと思いますが、

愛人の契約では、

25歳が限界でしょう。

 

と言いますか、好きな異性がいる場合は

愛人契約など結ぶべきではないでしょう。

 

セックスやキスは、考えている以上に

感情を削り取って行くと思います。

好きな異性に対する思いを削り取っていく行為と、

ご自分の、生命力の根幹を削り取っていくであろう、

なんとも思っていない相手との、感情を左右しかねない行為は危険すぎます。

私は感情は自分でコントロール出来ないと思うので、

ハッピーな感情ならば良いのですが、

暗い気持ちの感情を大きくさせてしまう行為は

とっても危険に思います。

たとえ一時的に、感情を抑え込めても、

感情は、中々消えるものではないと思うので。

 

ご自身を、ひどく傷つけるか

相手の毒に、強く侵されてしまうと思います。

 

30代以降に、セックスパートナーが居ることは重要です。

どうも、ルックスに魅力のある多くの女性は、あまり真面目に考えていないようですが

30代を過ぎたら、

スーパーで言うところの、

半額商品になると思うのです。

 

中にはそんな方もいないでしょうし

むしろ価値の上がる方もいるでしょうが、

まぁまぁ、半額にしないと、相手にしてもらえません。

そして30代の時間の過ぎ方は、20代より明らかに早いです。

孤独で独身な引きこもりの40代おっさんが言うことでもないのですが。

 

ある方のツイートを見ていたら

思いっきり目が死んでいる、美人な女性が写っていました。

なんだか、怖かったです。

美人なのに目に光が全くなくって。

 

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2018年 08月21日 自己対自己

朝の10時に目が覚めた場合、

私の場合は、ここから

もう一眠りします。

 

気合を入れて頑張って。

 

たとえ全く眠くなくとも、

背中が痛かろうとも、

昼過ぎまで寝なければ、持て余した時間を

自分で、自分を苦しめる 時間に使ってしまうからです。

 

気分の悪い夢を見た時も、

気合を入れてもう一眠りします。

 

夢には迫力があるので、

悪夢や、イメージの悪い夢を見た後だと、

起きた後、苦痛なのです。

 

もう一回寝ることで、

なんとかリセットしようと試みます。

 

ただ、人は過剰に寝すぎると、

体(特に太もも)が汗をかくようで、

それが原因で、不快な夢を見たり、

不快な思いをすることもありますが。

 

「持て余した、「体力・気力・集中力・精神力」を持つ・「時間」」が怖いのです。

 

その時間に、色々と妄想してしまったり

自分を責める過去の記憶を蘇らせてしまったり、

それなのに時間は全然過ぎていません。

 

さらに、

脳のキャパシティーや、お腹の中や、体の中に、

核分裂と言いますか、

マグマのかけらと言いますか、

そんな感じの

「自分にとって極めて不快なエネルギー」の存在を感じます。

 

体力や集中力はあるのに、今の自分には、なにもない。

 

だから、エネルギーが放出されずに、

体内に無理に溜まってしまってしまうのでしょうか。

 

凄く「グツグツ、イライラ」としながらも、

あてどころのない感覚にさいなまれます。

 

それが怖くって、無理やり寝るのですが

最近はあまり眠れなくなってきました。

 

負のスパイラルに入ったのかもしれません。

 

若い頃ならば、習い事の稽古を一心不乱にしたり、

公園に行って走ったり、

最近でも、

ストレッチをしていましたが、

発散されないイラ立ちが、

余計に重いストレスとなって のしかかっているようで、苦しみを増します。

 

 

私は父親と母親を尊敬しているし、

これ以上の迷惑はかけたくないので、

昔は「反抗期」っと、言い訳できた反発も、

今は全くしたくないですし(そもそもオッサンですし)、

自分のはけ口は、自分でなんとかしたいものです。

ただ、他者とのコミュニケーションが一番だとも思いますが。

でも、他者とのコミュニケーションでもすぐに調子に乗るから

自分が人を傷つける存在であったり、

鬱陶しく思われてしまう経験多数。

 

トイレ掃除も、ストレス解消や

マグマの破片消化には有効的な気がします。

 

私は自傷をしたことはありません。

リストカットとかなのですが。

 

でも、昔から自傷癖のある方とは

メル友だったり、オフ会で会ったりもしてはいました。

 

その頃は自傷に至る動機に関心がありませんでした。

まともに立つことも呼吸も出来ない

自分のことで、おっつかないくらいでしたから。

 

何年か前に、自傷癖のある方々のブログにコメントを残すようになって

若干、

その方々が抱える、自傷に至る、

なんとなくモヤモヤした理由のようなものを感じました。

 

私自身もそうですが、

働いている時間や、睡眠時さえも、

モヤモヤと、ふつふつとしたマグマの破片を

それの正体がわからない、

言葉に出来ないどころか、表現なんてオクがましいくらい

なんだかわからない

本人一人ではとても抱えきれない重さを誇る何かを

背負い続けているではないかと思いました。

 

表に出せるすべもなく、

自分自身に貯め込む(背負い続ける)しかない上に

(でも、自身のキャパシティー(背負う体力は)はとっくに超えている)

自分自身の中には、核分裂をしているエネルギーがあって

中身が何なのか、いくらアプローチしてみてもわからない

苦しみのカタマリを背負い続けながら、なお、

なんとか踏ん張って、頑張っているような方々と言いますか。

 

それは、いついかなる時もその本人を責めていくような。

寝てるときや食事の時や、一人でいるとでさえも。

 

唯一その苦しみが

目に見える形(自分で確認できる苦しみ)にできるのが

ひょっとしたら自傷行為なのかなぁ。とも思いました。

 

(性行為に依存しがちな自傷癖の方には、性行為はあまり発散にならないと思うような)

(男女の出会いやセックスのような感情に作用するであろうことにおいて

不健康な他者とのコミュニケーションはツラくなるダケのような気がします)

 

 

全身転移の母親に、少しでも長生きしてほしい気持ち。

 

戦争を生き抜いた父親に、一日でも長く行きて欲しと願う気持ち。

 

幸せな結婚をした兄のじゃまにならないように

迷惑をかけたくない気持ち。

 

この、お腹の中に貯まる

そして脳を締め付ける、エネルギーは、

他者との親交によってしか、発散されないような気がします。

 

でも、私はすぐに調子に乗って相手の弱い所を攻撃してしまうし。

優位に立ったら立ったで、怯えますから。

 

人間関係が未熟すぎるなぁ~。

 

 

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2018年 08月19日 スポーツ感覚

アイドルさんや、アーティストさん。

有名芸能人、読者モデルなどもそうだと思うのですが、

その方達に恋をしても、

両想いになることは100%無いわけです。

 

たぶんその方たちと付き合う方法は、

同じ学校に行くか、

同じバイト先に行くか、

同じ仕事場でよく会える状態にあるか。

そしてその方を「くどく度胸があるのか」だと思います。

 

広末涼子さんという方が居ます。

昔はこの方を馬鹿にしていました。

 

どこが可愛いのだろうか?

勘違いしている、田舎の少女なだけじゃないのかな?

早稲田に行きたいって、田舎者の発想 そのものじゃないか

(写真集を買いましたが、全く色気を感じることが出来ませんでした。むしろマイナスでした)

が、時は流れ

キャンドルジュンさんとの結婚や

20代での出産(3児の母)などを考えて、

「この人頭いいわ」っと思うような、オッサンになりました。

 

考えてみれば、バブル崩壊後に上場したNTTドコモ。

そのドコモが、通信シェアートップの王者で有り続けたのは

広末涼子さんの貢献なしには、あり得なかったでしょう。

(ただあの頃の広末さんは、チビッコだったように思います)

 

私は、埼玉西武ライオンズのファンで

それ以外にも、プロ野球選手を応援していますが、

やはり、(ザックリ言って)女性芸能人のファンですが、

付き合えるとも思っていませんし

その可能性を模索しようとしたら

広末さんのように、公然と学校を公表してくれるか

バイト先や仕事先を知った上で、ひっそりとそこに入り

そして何よりも、「くどく度胸」がなくてはいけません。

 

有識者の、吉田豪先生がツイッター上で

・アイドルを応援している人は、弱っている人が多い。

・失恋を前提としたアイドルの応援。

と言うツイートを見たことがあります。

 

こじらせている、

もしくは、元こじらせていた男は

100%無い相手に、やすやすと恋をすることが可能なのです。と言うかしちゃいます。たぶん。

先も考えずに。

 

こじらせているというのは、

若い頃、全くの女性経験がなかったり、女性を意識しすぎたためにおびえて、

女性に対して過剰なまでに卑屈になり

そしてすごく簡単に恋をしながらも

ハエのように落ち着きがなく、

己を、卑下した考えをキープしながら、

可能性の芽を自ら摘む男のことです。

 

一つ前に書いた投稿を自分で読んだら、

確かに、100%無い相手に恋するのは楽しくはないとは思いますが、

この流れは、誰でもない

こじらせ男の私の

恋をする流れにも似ているような気がしてまいりました。

 

お金の介在する100%無い相手に恋をしてもしょうがないのですが、

お金の介在しない、知り合いや友達の女性にも

ツライからありえない。的に考えてはいないか

と言うことが若干気になりました。

長いこと人と接していませんが。

 

 

私の外見を知っている方ならば

面白くもない嘘を付くなと言われそうですが、

告白されたり

新しい女性の知り合いが

ルアーのようにアピールしてきた時に、

私は、意識を失いそうになるわけです。

 

それはたぶん、好きな女性が出来ると

「ツライ」からのような気がしました。

そして、いち早くそこから

逃げているような気もいたしました。

 

戦うか!逃げるか!反応が、全力で出てしまうのだと思います。

 

戦う必要も

逃げる必要もないのですが、

こじらせて自意識過剰な、メンタルオッサンの私は

怖くてしょうがなくなるのです。

 

※女性(子供からお年寄りまで)は自意識過剰でちょうどいいと思います。

むしろ、ある程度熟してきた女性は、自意識過剰じゃなくなってしまいますが

犯罪被害者になる確率が、男よりも異常に高いと言う自覚を持ってほしいとも思います(特に性犯罪)。

 

勇気を振り絞って、近付こうとすれば、

無視された上に距離を置かれて、

(´・ω・`)ショボーンっといじけていたら

目に光を失ったような顔をされて、疲れ果てたようにされるので

(あと、ダイエット)

もう一度気合を入れて、距離を詰めようとすると

女性の仲間を作って、晒し者のようにされると言うか

いつの間にか

私のステータスが上がっているというあの恐怖。

 

しかし、以上は全部妄想です。

今酔っ払っているので書けるのです。

 

そもそも、私がこの記事を投稿しようと思ったのは、

 

「スポーツ感覚のSEXしやがって!」

 

っと、どこかで書きたかったのですが、

書きどころのなさが、

こじらせ人生を送っている

自己証明なような気がしてきました。

 

好きな人、仲良くなりたい相手ができると、

自己否定を始めてしまいます。

自分が凄くダサくてみっともなく思えて、

でも相手を妄想しちゃって苦しくなって、辛くなると思います。

しかも、本当に読んでいただいている方に不愉快な思いを続けざまに申し訳ないですが

SEXがすごく下手なくせして、なんかめんどくさい。のに、恋の延長線上でしたいのです。

 

昔やっていたHPで、

「女性に対して恐怖に近い緊張を感じる。でも、好きの裏返しなんです」と言う記事の反応は

「地球の半分は女性」「そんなにモテるなら芸能人になれ」などの

市井のこじらせた男の単純でありながら馬鹿でしつこい、

ハエのような気持ちの共有は、多くのこじらせ男子たちとネットで共有し

また、彼らと実際にあって、幸運にも女神様のおかげで経験のあった私は

(きっと前世で徳を積んだのでしょう)

兄貴面してました。

 

いまや、小学生ですらセックスをするというメディア情報もあります。

スポーツ感覚ですら無い、お家に遊びに行く感覚としか私には思えません。

ただ、この場合は少なからず性犯罪被害者の可能性もありますが。

 

お股に付いているものを固くして、

相手のオマタにご挨拶をする。

 

そこまでの距離の長さよ。

 

いや、それが出来なくても良い。

 

昔のブルセラAVに出ていた何人かの女優が言っていたことですが

「その後の、イチャイチャが楽しい」。・・・。

スポーツ感覚でセックスしやがって!

 

自分が好きになって良い女性。

そんな存在が、アイドルさんや芸能人さんにも求めてはいけない。

でも、自分がツラくない範囲でなら良いような気もしてきました。

だって、ルックスからして魅力的だし、それ以上の魅力があるのですから。

 

でも、感情はコントロールできないから、ツラくなるし。

キャバクラに行ったことは1回ありますが

恥ずかしくって何も喋れなくって、時間が終わりました。

ましてや風俗なんて行ける勇気もございません。

 

お金もないし、オッサンだし。

スポーツみたいなSEXしたいわけじゃなし。

 

どこかに土地でも買って、簡易住居でも立てて

柴犬でも飼いながら、

・・・。

アダルトビデオは買うだろうなぁ~。

 

 

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2018年 08月19日 応援→妄想→ツライ→変質者。

応援しているアーティストさんのことを考えていたら、

若くて魅力的な女性に、居て当たり前な彼氏さんの存在を忘れていました。

で、色々妄想した結果、

アーティストさんに彼氏がいる、居ないとか

この方がどう言う感じなのかとか、

メンタリティーなどを考えたところで、

私には何も関係がない上に、

わかるわけがないということを思いました。

 

考えてみれば、

むかし、丸山夏鈴さんを応援していた時も

そんな思いにとらわれてしまったことがありました。

 

あんなに素敵な女性を応援しているのになんだかツライ。

でもライヴに行かないと寂しい思いをさせてしまうかもしれない。

 

自分で書いていて、この気の狂いっぷりに

怖さを感じますが、

この時は、割とすぐに冷静になれました。

 

応援自体にツラさを強く感じたためです。

「ツライのはなんでだ?」っと思い、

「あぁ~。私がアイドルさんの特別であると考えてしまっている。」

「その上で自意識過剰に妄想をして、なんとか、特別な存在という妄想を補充しているようだ」っと。

 

「あなたは特に、意味のある特別です」っと言われれば特別かもしれませんが

(ただそう言われたらまず宗教の勧誘を疑うというか)

「ライヴに来てくれてありがとう」

「応援してくれてありがとう」

「チャキ買ってくれてありがとう」っと言う感じですから、

ライヴに足を運んだことと、

応援していることを感謝されているわけです。

 

当時、順調にファンを増やしていたマルカリさんのファンの1人として

その範囲で楽しみ、

その範囲で満足感を得ようと気持ちを切り替えて

見た目の素晴らしさや、

ライヴの時の楽しさを、

楽しめそうなときにだけ足を運び、

どうも体調的にも楽しめそうもないぞ。っと言う時は、

行かないでいました。

 

応援しているアーティストさんがどう言う事を考えているか。

サッパリわからないことを大前提に

分かる可能性があるのが、歌の歌詞ですが、

大勢に歌っている上に、不確定要素が強すぎます。

そもそも、「考えている事」よりも「表現したい事」のような気もします。

 

SNSで、画像や映像で楽しませてくれますが

あくまで、ライヴ表現に重きを置いているアーティストさんだと思うので、

SNSから、何かを感じられたとしても

更に楽しい応援につながるためのツールか、

ライヴに足を運ぶことに前のめりになるか、

その応援の範囲で楽しめなければ

わからない人の、わからない生活を

ひたすら想像するという

もはや、これはストーカー超えてるじゃないかと言う感じです。

 

自分のメンタルを

自分で、不愉快な方向に、追い込みをかけているだけでしょう。

 

それだったら、応援や、ライヴをより楽しめる方向で

アーティストさんの存在を楽しませていただくようにしないと

おそらくライヴに行っても

楽しめないということを思い出しました。

 

私がオッサンなのは自覚していますから

かつてうしじまいい肉さんがツイートで言っていた

紳士(紳士ぶれる)ファンだったり、

もっとラフに楽しめるファンになりたいのですが。

 

あぁ~。

危うく「応援しているアーティストさん」と言う燃料で

自分を追い込むところでした。

 

 

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2018年 08月17日 昔書いた履歴書を読んで、具合が悪くなる

応援しているアーティストさんがいるのですが、

ここ最近「変わらなければ」とか、「自分と向き合う」とか、「変わることって苦しいのかな」など、

何かあったのかな?っと思う投稿がSNSで目についたので、

・好きな人に振られた

・好きじゃない人に告白された

・何かしら事件にあった

などと考えていましたが、

ひょっとしたら、

自分とは何者なのか?と言う思いにかられているのかなぁ~。っと思いました。

 

そこで若かりし頃の自分の記憶をたどってみました。

 

その頃は、何者でもない自分が、恥ずかしくって、苦しくって、

あまりにもその思いが強すぎて

その隙間にスッポリと、自意識過剰と、こじれた被害者妄想がはまり、

集中力と体力を振り絞って

自分の首をグイグイ締めていました。

 

ドンドン鬱になって行き、焦りも強く、イライラしながらも

必死に現実逃避(テレビを見まくることで、空想の世界の住人になる・自意識過剰たっぷりに)を

しまくってもいました。

 

何者でもない自分を、何者かにするためには

どうすれば良いのかを考えていたら、

ノイローゼになり、最終的には精神科にお世話になって

日常生活もままならない体調になっていました。

 

ただ、そのことで、「病人」にはなれた訳ですが。

 

(全員が全員、精神的に病むようではないようです)

(ある方は、狂ったように同じ戦車のプラモデルを作りまくったそうです→その後社会人に)

 

全く病気が回復していないのに、

何者でもない自分への恥ずかしさは

自意識過剰も手伝って

やはり苦しいものでした。

 

社会人になれば何者かになれるかもしれない!

っと言う、短絡的な思考で、社会人になることを目標としました。

 

日常生活もままならない体と意識なのに、

そもそも良い考えが浮かぶわけもないですし、

仮に社会人を目指しても、なれるはずがないのですが、

(なったとしても続くわけもない)

思考力と集中力は、ほぼ全てノイローゼに持っていかれていますから

立つことすら苦しい体で、強い焦りの中、履歴書を書くことにしました。

 

震えが止まらない手に力を入れて、なんとか書こうとしたら

ゲロを吐いて気を失いました。

 

普通に考えれば、その時点でどうかしている自分に強い警戒感を持ち

一旦落ち着かなければと思うものかもしれませんが、

社会人になれれば、なんとかなる。と言う浅はかさで

履歴書を書いていました。

 

(たとえ社会人になれたとしても、やり甲斐を得られなければ、やはり何者でもないと思います。

社会性・人間関係を持つ会社組織のなかで、自尊心や、自己認識欲も得られなかったでしょうから。

やはり、どんなに少しでも良いので、就職それ自体ではなく

気持ちがある仕事を探すべきでした。)

 

またこの履歴書というのが辛かった。

 

経歴の空白期間。この時期何をしていたかと言う「嘘」を考えるわけですが

それも、嘘バレバレの嘘を書いていました。

でもそのくらいならば大したことはなかったのですが、

「長所」「短所」の欄が、とてつもなく苦しみを己に与え続けた記憶があります。

 

おそらく

自分で自分を客観視出来ているか?と言う、項目だと思うのですが、

そもそも自分にこだわって、ノイローゼになって体まで壊したのですから

苦しいに決まっていますし、

多くの方々が、「自分の長所」「自分の短所」を考えた時に、

本当に書ける人がどれくらいいるのかと思ってしまいます。

 

オッサンになった今、

自分の本心から、長所・短所、を考えたら

急激に具合が悪くなりました。

 

それでも一応考えついたのが、

長所は「ない」

短所は「わからない」でした。

 

そもそもオッサンになった今、

人としてドンドンレベルダウンしていくこの感覚は

「自分」「自我」「自意識」「我思う故に我あり」「自己への客観性」「自分の社会的存在理由」などなど、

そんな事を考える体力も集中力もありません。

といいますか、そもそもそんなものは無いという感覚になったといいますか。

 

若い頃は、「自分」の身の置所。(居場所探しという方も居ます)

社会的にも認められていて、恥ずかしくない場所を漠然と手に入れようとしていました。

「何者かになりたくって」しょうがなかったのです。

だから自分を客観視しようともしました。

 

そしてなぜだかよく寝てました。

精神科に通う頃には、ほぼ睡眠が取れなくなっていましたが

その頃を除けば(と言っても何年もですが)、

若い頃はよく寝ていたという記憶がございます。

 

高校を出て、もしくは、専門学校、短大、大学、大学院を順調に卒業後

順調に就職して、社会の中で生きておられる方々も

若い頃は自分を苦しめる思考を持ったり

よく寝るのでしょうか。

 

昔のお嫁さんの多くは、

家事手伝いを経て、結婚ということで、社会の一員になったと思います。

そのことによって、「社会的肯定感」や「自尊心」「自己認識欲」などは満たされていたのかもしれません。

今もそうかも知れませんし、

全くそうじゃないかもしれませんが。

 

しかし、

さすがオッサンになると、若かりし頃の記憶ももはやぼんやりとしていて

苦しみぬいた毎日を送った日々を思い出そうとすると

もうあの日々は来ないでほしいと心から思います。

 

大島渚監督の映画に「青春残酷物語」というのがあります。

見たことないので内容は知りませんが

この映画のタイトルは、その通りだとも思いました。

 

いまは、肯定感もなければ否定感もないように思います。

そもそも、「自己」を考えなくなった(られなくなったオッサンだから)とも思いますし。

 

 

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過去10年分ぐらいのブログデータが消えちゃいました。

過去のブログを、

私の浅はかなパソコン知識で

綺麗サッパリ消してしまいました。

 

思い返せば、

5~8年スパンで

パソコン自体のデータを消してしまったり

サーバーにあるデータを消したりと

データを定期的に消してしまっていますが、

「丸山夏鈴さん」のライヴレポートが消えてしまったのは惜しいですが、

ハードディスクやサーバーにあるデータも、

消える!

と言う戒めになるし、

強いこだわりがあるわけではないので、消えても、

「新しいこと出来るや」っと思えば

後悔もありません。

(強い未練はものすごくあります)

 

ただ、その新しいことをやるのが面倒なのですが。

あと、丸山夏鈴さんのライヴブログは

残しておきたかったですが。

 

思えば、

ビデオデッキがもはや過去の遺物となりかけた時期に

一生懸命、ビデオテープに保存しておいた映画や映像。

そしてAVをハードディスクに移行しようとしましたが、

6時間テープならば、6時間、ビデオを再生して

パソコンも録画状態にしていなければいけないのですから

かなり頑張りましたが、いい感じで作業が進んでいきました。

 

が、

パソコンのハードディスクドライブ交換の折に

全データを消してしまいました。

 

J-WAVEで深夜に放送されていた

石野卓球氏のDJ-Mixも

かつて録音したラジオの番組も、

綺麗サッパリ消えました。

 

例えばお笑い番組にしても

過去の番組をいつまでも見ていてもしょうがないですし、

AVなどは、出演されている女優さんのことを考えれば

むしろ消してよかったのかもしれません。

いや、残しておきたかったですが、

画質が劣化しているから、残しておいても

あまり意味がなかったかもしれませんが。

 

ラジオの番組や、石野氏のMixテープも

流行り廃りが早い時代の流れの中で

消えてしまったのは必然なのかもしれません。

 

「断捨離」「求めない」「頑張らない」

そういう本がいつだったか流行ったことがありましたが、

私は失ったAVを求め続けています。

そのためにすごく頑張っています。

そもそも、テクノロジーがビデオテープで止まっていれば

失わなかったのに。

捨てたくはない物は、どう言う訳だか

私の頭の悪さで、ドンドン失ってしまいます。

 

「断捨離」が出来て、「求めない」が出来て、「頑張らない」が出来る人間なんて、

いるはずがありません。

「断捨離」と言う、過去の記憶や、記憶に形どった妄想 も含めて捨てることが出来るのは

定年後に田舎暮らしを始めたらできそうな予感もしますが。

 

「求めない」生き方は、お金のない、

年金ぐらしのお年寄りじゃなければ

そんな偉そうなことは言えないはずです。

 

同じく「頑張らない」もそうです。

 

「断捨離」を行ない

「求めず」「頑張らない」を実行したら

普通は死にます。

餓死します。

 

初代タイガーマスクの佐山サトル氏が提唱した

「打・投・極」の回転。

このほうがよほど興味を引いて離しません。

 

「求め・頑張り・捨てる」その回転。

カッコいいような気がします。

 

人は自意識の強い、不完全な生き物でありながら、

社会性の欠如を強いられると生きてはいけず

そのことを「弱者の社会問題」「老人の孤独死」とか

意味不明なことを言ったりします。

 

私は、感情は自分でどうにかできるものとは思っていないので

(理性や社会性で抑え込めはしますが)

人間が動物であり、社会性を必要としながら、積み重ねに多くを頼り

共有していかざる負えないとしか思えません。

 

人間の不完全さや、コミュニティーとその蓄積が持つ重要さ。

組織に従属することでの社会性など。

 

引きこもりの中年が言うべきではないですが

重要としか思えません。

 

あとは、戦争です。

沢村賞

この沢村選手は、メジャーリーガを相手にバッタバッタと三振をとったのに

徴兵されて戦地に赴き戦死しました。

他にも、当時とても人気があった6大学野球のスターや

高校球児も、戦争から逃れることは出来ませんでした。

 

シベリアに抑留されて戦後も日本に帰れなかった名選手や

一般のおっさんが徴兵されて

理不尽に上官に殴られて鼓膜を破った多くの方々。

 

兵隊で戦った→終戦→運よく帰国→働く

こわい。

 

今日は、埼玉西武ライオンズのチケットを買ってあったのですが

ホームページやブログが、絶不調だったため

その回復に努めていたら、頭が疲れてしまって

観戦をやめました。

 

そして今は、たくさんのイカの塩辛をつまみに、お酒を飲んでいます。

 

 

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