2018年 09月23日 がん治療をする母

末期がん全身転移の母の抗がん剤、

イブランスの副作用の強さに、

すっかりビビってしまった私は、

母親に対して「イブランスは辞めた方が良い」と言ってしまいました。

 

が、

 

強い副作用にビビっていたら、

そもそも、抗がん剤治療は成り立たないのではないかと思いました。

 

癌細胞は自分の体で生み出したものですが

抗がん剤は、自分の体で生み出したがん細胞を

毒を持って殺しにかかった上に

様々な副作用がありますし。

 

抗がん剤を使用しないということは、

がんの進行に任せるということで、

ようは、抗がん剤を使うよりも、最短で死ぬような気がしました。

 

抗がん剤の副作用が嫌だから、使わない。

 

そう決めるのは、母本人であるべきなのに、

私は余計なことを言ってしまいました。

 

そもそも、病院探しから、緩和ケア病棟、お墓まで購入した

自分の人生の終末期にしっかり向き合った上で

しっかりレールまで敷いている母のすべきことに、

よっぽどおかしいと思わない限りは、口を挟むべきではなかったと強く後悔して、

母親に謝罪しました。

 

「やるべきと思ったことは自分でしっかりやる母さんに、

イブランスは辞めた方が良いなんて余計な口出してごめんね。」

っと言うと、母は、むしろ私を気遣ってくれました。

 

お母ちゃんのお腹で芽生えた私は、

母のお腹の中でスクスクと育ち、誕生!

まずこの時点で、母にかなうものがなにもないわけです。

 

母親には何もかなわないと言うよりも、

母親という存在がすごすぎて意味がわからず、

母親から生まれたということの理屈と言いいますか、

「母ちゃんから生まれたんだけれども、それってどう言うこと?」っと母に聞いたことがありました。

 

母の母、私にしてみれば祖母に当たりますが、

母は、母の母をどう考えていたかを訪ね直すと、

「すごい人だったわぁ~」っとのこと。

 

私が知りたいのは、母から生まれた私は、

その理屈がよくわからない。

常識的なことはわかるのですが、

母のお腹の中に居て生まれて、ありえない愛情で育ててくれて。

それってどう言うことなんだ?っと言う感じのことを知りたいのですが。

(しかし、20代くらいから結婚や出産する同級生などに言わせれば「滅私」はたやすいと言うか当然らしいですが)

 

それと、祖母(母の母)は、胃がんで亡くなりましたが、

当時、中学3年生で、

受験勉強(&テレビを見てダウンタウンの面白い話をメモったり、覚えてみたり)をしていた私は、

がんになって、抗がん剤治療を受けながら、死んでい行った祖母を

見守ることは、まったくなく、がん以後、

顔を見たのは、一回だけでした。

 

父が十何年か前に、胃がんになったのですが、

切り取って、あっさり退院。

その後再発が確認できないうえに、抗がん剤もそんなに強いものは飲んでいないとも思いますし、

当時父に「僕は歯医者さんに1年通っている。全部虫歯だと言われたから。それと今回の父さんのガンとどっちが重いのだろうか?」っと聞いたら

少し考えた父は、「お前の歯の治療のほうが重いかもしれないなぁ~。」っと、退院1ヶ月位で元気よく話してくれました。

(父は内視鏡手術とはいえ、取り出すときにお腹を切ってるわけですが)

 

友人などから「今、ガンじゃ死なないんだよ」と言った励ましのお便りもあり、

末期がんの母が、強い副作用のある抗がん剤治療をしている日常に、

思いっきりビビりまくった上に、

母の治療方針さえ否定したのですし、

多くのがん治療の患者様のブログにコメントを残したりして、情報を頂いたりもして、

このような私は、度し難いとしか言いようがないわけです。

 

母はしっかり考えのある人で、

母が必要と考えれば、自分でとことん調べて、自分でやってしまう人です。

逆に、必要がないと思えば最初から何もしません。

 

だから、病院選びから、緩和ケア、お墓の購入まで、完了済みなわけですし。

そのすべてを母は全部一人でやってしまいました。

(本人が言うには、「すぐ死ぬと思っていたから、お墓の購入は高い時に買ってしまった」)

 

母は全身転移の末期がん患者ですし、

70歳過ぎています。

だから、いずれ死ぬのは当然なわけですが、

死ぬまでの生き方と、本人が望む死に方は、

母はしっかり考えを持っているようですから、

口を出すべきでなかったと強く後悔しています。

 

自分の浅はかさを知れた(無知だし同じ間違いを繰り返しそうだなぁ)ことと、

今後はもっと強度を増していくであろう母の決断を

見守り続けられるのかが怖いという思いもあります。

 

が、成り行きに任せてしまおう。

 

と言っても、母は、強度の高い決断を強いられていくだろうし、

副作用も半端じゃなくなっていくだろうし。

でもそれが成り行きならば、

なんだか言葉に出来ないけれども、スッゲ~存在の母に、

結局は寄り添うしか無いわけです。

 

単純化すれば、

成り行きに寄り添う。

 

未来はわからない。

 

今考えることじゃない。

 

ましてや悩んだり心配はするけれども、

成り行きに寄り添って行くしかないと言う思いを

もっと強く持てたらと思ってやみません。

 

それに母には少しでも元気で長生きしてほしいです。

 

 

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