2018年 09月25日 心構えと、へっぴり腰

長尾和宏先生の、「抗がん剤10のやめ時」を読んで、

いかに自分が、動揺していたかを思い知りました。

 

少し動揺が収まったように思います。

きっと、主役である患者さんの闘病生活や

長尾先生のお考えや、経験を知ることが出来たからだと思います。

 

母親が副作用の強い抗がん剤をのんでから、

グングン元気がなくなって行き、

死んでしまうのではないか。

こんなに苦しんでいる母を見たことがない。

そもそも、がんになって、

こんなに抗がん剤で苦しむ人に接した経験もない。

ので

(無自覚に)ビックリしていました。

 

日を重ねるごとに弱っていく母を毎日見ながら、

ものすごく心配で不安でしたが、

それ以上に、ショックだったのだと思います。

 

だから、休薬期間で、グングン元気を取り戻していった母に

(それでも抗がん剤の副作用に苦しんでいた母にビックリした気持ちは維持)

「抗がん剤は辞めた方が良い」「毒を飲んでいるようにしか見えない」

「これで延命したら、どうだというのだろうか。延命するのか?こんなに弱っていくのに」

「出来ないことがドンドン増えていく薬って、おかしくないか?」

などなど、言ってしまいました。

 

しかし、この本のおかげで、「決めるのは本人」であり、

母の主治医からも

「イブランスの服用を、そんなにあっさり決めて良いんですか?

ご家族と相談したりしないのですか?」っと言われているようで、

母自身が決めたことです。

 

そこに口を出した私は、

ただ単に、動揺しまくっていた上に、母に余計なストレスがかかることを言ってしまい、

反省しまくっています。

 

知り合いが励ましのつもりで言ってくれたのでしょう。

「今はガンじゃ死なないよ」

母の友人もそのように言ってくれたと話していました。

 

何よりも父が胃がんを完治させているので、

物凄く軽く考えて受け止めていたか、

考えないようにしていたかだと思います。

 

残念ながら、母は末期がんの全身転移で、

もはや治る見込みはないのです。

 

という事は、ゆっくり枯れていくのでしょう。

そして死んじゃうのでしょう。

 

この、「治らない」「副作用が強い」を

ビックリしてアホになっていた私は、

まぜこぜに考えてしまいました。しかも早回しで。

 

さらに「死ぬ」と言う考えを、綺麗に消していました。

 

そもそも母は、最初に抗がん剤治療を希望しています。

副作用の苦しみも、その先にある「死」も考えてのことでしょう。

 

それなのに、母から、「あんたに頼んだ!」っと託されていたはずの私は、

「死」を考えずにいながらも、

石飛幸三先生の「平穏死のレッスン」を読んだりして、

勇気のない私は、「死」を考えない、「平穏」だけを都合よく受け取り、読んでしまいました。

 

抗がん剤の副作用を許せない!

医者に文句言ってやる!

母をあんなに苦しめてどう言うつもりだ!

っと言おうかどうしようかまで迷ったのですから

(母の病院が遠いことでパニック発作が怖くて悩み、酒飲んでいこうかという、狂った結論を出しかけるところでした)(危なかった)

私がかかっている、精神科のお医者さんに、

次回診察時に、報告しなければ。

 

長尾先生の本を読んだことで、

母は、「がん」であり、「末期」であり、時間をかけて抗がん剤の副作用に苦しみ、やがて「枯れて」行き、「死」を迎える。

そして抗がん剤治療は、「母」自身が「決めた」ことであり、

その後の、緩和病棟の予約までしているし

お墓まで購入しているのですから、

やっぱり母は、やがて「死ぬ」のです。

 

それが今、私自身が理解できているかはわかりませんし、

ちゃんと受け止められているかについてはサッパリ自信がありませんが、

この本を読んでおいて本当に良かったと思いました。

 

私のような、「パニック!」&「アホ」になった時に、

不治の病である「がん」を患った人の経過を追いながら

抗がん剤のやめ時を、紹介してくれたり、医師として

がん患者への接し方の経験を書いてくれたりしたおかげで、

母のがんを、ドアップで見ていたような(見たくないものは見たくなかったから)感じでしたが

少し距離をおいて、何よりも患者は母であることを

忘れないようにしなければと思いました。

 

 

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2018年 09月23日 がん治療をする母

末期がん全身転移の母の抗がん剤、

イブランスの副作用の強さに、

すっかりビビってしまった私は、

母親に対して「イブランスは辞めた方が良い」と言ってしまいました。

 

が、

 

強い副作用にビビっていたら、

そもそも、抗がん剤治療は成り立たないのではないかと思いました。

 

癌細胞は自分の体で生み出したものですが

抗がん剤は、自分の体で生み出したがん細胞を

毒を持って殺しにかかった上に

様々な副作用がありますし。

 

抗がん剤を使用しないということは、

がんの進行に任せるということで、

ようは、抗がん剤を使うよりも、最短で死ぬような気がしました。

 

抗がん剤の副作用が嫌だから、使わない。

 

そう決めるのは、母本人であるべきなのに、

私は余計なことを言ってしまいました。

 

そもそも、病院探しから、緩和ケア病棟、お墓まで購入した

自分の人生の終末期にしっかり向き合った上で

しっかりレールまで敷いている母のすべきことに、

よっぽどおかしいと思わない限りは、口を挟むべきではなかったと強く後悔して、

母親に謝罪しました。

 

「やるべきと思ったことは自分でしっかりやる母さんに、

イブランスは辞めた方が良いなんて余計な口出してごめんね。」

っと言うと、母は、むしろ私を気遣ってくれました。

 

お母ちゃんのお腹で芽生えた私は、

母のお腹の中でスクスクと育ち、誕生!

まずこの時点で、母にかなうものがなにもないわけです。

 

母親には何もかなわないと言うよりも、

母親という存在がすごすぎて意味がわからず、

母親から生まれたということの理屈と言いいますか、

「母ちゃんから生まれたんだけれども、それってどう言うこと?」っと母に聞いたことがありました。

 

母の母、私にしてみれば祖母に当たりますが、

母は、母の母をどう考えていたかを訪ね直すと、

「すごい人だったわぁ~」っとのこと。

 

私が知りたいのは、母から生まれた私は、

その理屈がよくわからない。

常識的なことはわかるのですが、

母のお腹の中に居て生まれて、ありえない愛情で育ててくれて。

それってどう言うことなんだ?っと言う感じのことを知りたいのですが。

(しかし、20代くらいから結婚や出産する同級生などに言わせれば「滅私」はたやすいと言うか当然らしいですが)

 

それと、祖母(母の母)は、胃がんで亡くなりましたが、

当時、中学3年生で、

受験勉強(&テレビを見てダウンタウンの面白い話をメモったり、覚えてみたり)をしていた私は、

がんになって、抗がん剤治療を受けながら、死んでい行った祖母を

見守ることは、まったくなく、がん以後、

顔を見たのは、一回だけでした。

 

父が十何年か前に、胃がんになったのですが、

切り取って、あっさり退院。

その後再発が確認できないうえに、抗がん剤もそんなに強いものは飲んでいないとも思いますし、

当時父に「僕は歯医者さんに1年通っている。全部虫歯だと言われたから。それと今回の父さんのガンとどっちが重いのだろうか?」っと聞いたら

少し考えた父は、「お前の歯の治療のほうが重いかもしれないなぁ~。」っと、退院1ヶ月位で元気よく話してくれました。

(父は内視鏡手術とはいえ、取り出すときにお腹を切ってるわけですが)

 

友人などから「今、ガンじゃ死なないんだよ」と言った励ましのお便りもあり、

末期がんの母が、強い副作用のある抗がん剤治療をしている日常に、

思いっきりビビりまくった上に、

母の治療方針さえ否定したのですし、

多くのがん治療の患者様のブログにコメントを残したりして、情報を頂いたりもして、

このような私は、度し難いとしか言いようがないわけです。

 

母はしっかり考えのある人で、

母が必要と考えれば、自分でとことん調べて、自分でやってしまう人です。

逆に、必要がないと思えば最初から何もしません。

 

だから、病院選びから、緩和ケア、お墓の購入まで、完了済みなわけですし。

そのすべてを母は全部一人でやってしまいました。

(本人が言うには、「すぐ死ぬと思っていたから、お墓の購入は高い時に買ってしまった」)

 

母は全身転移の末期がん患者ですし、

70歳過ぎています。

だから、いずれ死ぬのは当然なわけですが、

死ぬまでの生き方と、本人が望む死に方は、

母はしっかり考えを持っているようですから、

口を出すべきでなかったと強く後悔しています。

 

自分の浅はかさを知れた(無知だし同じ間違いを繰り返しそうだなぁ)ことと、

今後はもっと強度を増していくであろう母の決断を

見守り続けられるのかが怖いという思いもあります。

 

が、成り行きに任せてしまおう。

 

と言っても、母は、強度の高い決断を強いられていくだろうし、

副作用も半端じゃなくなっていくだろうし。

でもそれが成り行きならば、

なんだか言葉に出来ないけれども、スッゲ~存在の母に、

結局は寄り添うしか無いわけです。

 

単純化すれば、

成り行きに寄り添う。

 

未来はわからない。

 

今考えることじゃない。

 

ましてや悩んだり心配はするけれども、

成り行きに寄り添って行くしかないと言う思いを

もっと強く持てたらと思ってやみません。

 

それに母には少しでも元気で長生きしてほしいです。

 

 

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2018年 09月18日 母・癌・息子

早朝から診察に行った母が、

帰ってまいりました。

 

検査データの紙を見せてくれるも、

なんのことやらサッパリです。

 

とりあえずお昼寝を勧めたら、

本人もそう思っていたらしく、グーグー寝てしまいました。

 

どうも母親の肝臓の癌細胞が、大きくなったようです。

それでイブランスにしたようです。

 

それと、母の乳癌の損傷箇所から

多く液が出るみたいで、匂います。

昨日の野球観戦の電車の中や、家でも気にはなりましたが。

 

なかなか母には言いにくいですが、

お風呂で体を洗った日に、匂いがある場合は、言うようにしています。

(来客がある時も)

(私自身は気になるくらいで、大した匂いには思わないのですが)

 

家のトイレの、尿石っぽい匂いも気になりますが、

今度、ドメストでトイレ掃除をしてみて

それでも気になったら言ってみようかと思います。

(この場合むしろ、不摂生な生活で酒呑みの、私の可能性もありますが)

 

今日の母の診察は、

「イブランスをやめる!」っと言おうと思ったらその前に、

医師の方から「免疫が下がっていますからもう1週間休薬しましょう」との提案で

1週間後に持ち越しになりました。

 

母は、手、皮膚が黄色いことを気にしています。

肝臓の癌細胞によるものかもしれませんが、わかりません。

口内炎にもなりましたが

やっぱり、わかりません。

さいわい髪の毛は減っていません。

 

今回の医師との問診で、

「アメリカ人並みの薬の処方をしている」と言われたそうです。

 

ネット上でサバイバーの方々に甘えて、不安をコメントとしてぶつけた結果

(125㎎を3週間・1週間休薬・1クール)、

それは70歳以上には、強いというご意見も、参考までにいただきました。

 

アメリカの70以上の女性。

乳癌由来の末期癌の全身転移の女性並みなのか、

平均的なアメリカ人に対する処方なのかが気になるところですが、

私自身は、イブランスに全く価値を感じないので、辞めてほしいです。

 

母にしてみれば、「癌細胞が小さくなった」、「肝臓機能が正常になった」っとか、

そういう話をお医者さんからされたら、

イブランスを続ける気持ちになるのは当たり前ですし、

実際に、イブランスによって、母自身が望むであろう死が迎えられるならば、

さまたげる理由もないわけです。

 

ただ、1クールを見ていて、

どうしても、母がグングン弱っていって、

出掛けることも出来ない。食事もツライ。

読書もできない。テレビも見られない。

 

母は、「耐えられないことはない」と言う副作用のようですが、

私にしてみたら、「毒」を飲んでいるようにしか思えないのです。

 

何も出来ず、布団の中で副作用を耐える生活というのは

果たして、治療なのかとも思います。

 

母は、シルバーパスが購入できる70歳以上ですが、

老衰と、治療による回復の境目の、すごく微妙なラインに思えます。

 

私は、89歳くらいまで行ってほしいと思っていますが、

どうしてもイブランスが服用に適しているとは思えません。

 

ひょっとしたら、イブランスを減薬して

母親も快適で、癌細胞も広がりを見せないのならば

それが理想なのですが、

現在は、癌細胞の反発。

癌細胞のカウンターのような

勢力拡大に貢献しているかのような服薬にも思えます。

 

休薬中の母親は元気です。

食欲は、あまり無いようですが。

 

老衰(治療はせず少ないサポート医療)と、治療(基本的に完治を目的とした治療)。

その境目を、そこそこでいいので

判断してくれるお医者さんならば良いのですが、

125㎎のイブランスを処方する時点で、

人間の枯れていく死に、無関心な方にも思えてなりません。

 

母も、当然、癌細胞は大きくしたくないでしょう。

肝臓の癌細胞も、肝臓癌の噂を聞くと、どうしたって悪化させたくないでしょう。

癌に侵食されたくないに決まっています。

理想的な治療での、出来ることはしたいに決まっています。

 

そこの見定めは、一体誰が出来るのでしょうか。

 

当然私は、母に長ければ長いほどまで生きて欲しと思っています。

いくら手間暇がかかろうと、

動物として、緩やかに、穏やかに。

 

静かに時間をかけて枯れていって、スーッと逝ってくれればと思いますが、

そもそも、イブランスを飲む前は、

こんな事は考えなかったのです。

 

やはり母にはイブランスを辞めて欲しいとは思いますが、

ガンにそれなりの効果があったら、70以上とはいえ80未満ですし

どうしたものでしょうか。

 

 

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2018年 09月16日 母に言ってみる

全身転移で、末期癌の母親が、

イブランスカプセルを飲んで、1クールたちました。

 

薬を飲んでから、グングン元気がなくなっていく母を見ながら

心配と不安にさいなまれましたが、

3週間のんで、1週間休薬で、1クールの、

休薬1週間に入ってからは

メキメキ元気を取り戻していく母を見て、

「イブランスをやめれば良いのだけれども」っと思うも、

それは私自身が「不安や心配をしたくないだけで、ただ今を安心したいだけ」と言う感情が

きっと、多分に含まれている思いもあります。

 

イブランスは、世界中で売れまくっているようですから

おそらく効く薬なのだと思います。

ネット上でも、延命期間が伸びた。と言う結果が、医学的にも証明されているようです。

 

しかし、母の大好きな食事。読書。数独。お出かけ。テレビ。

それらが、薬の副作用によって、ドンドン出来なくなっていき、

布団で横になりながら、

苦しみに耐えているだけの1クールにしか見えませんでした。

 

それらの副作用と共に、余命が伸びたとして、

その期間の多くを、苦しみながら横になっている。

それで良いのかな。

 

なんのための延命抗癌剤なんだろう。

 

そういう思いがクッキリと、私の心の中で型ができましたので、

母親に「イブランスやめたほうが良くないか?」っと言ってみました。

 

母親と医師が決めた治療方針に口をだすことは、

極力避けてきましたが、

「おかしい」と言う思いがクッキリとした形ができましたので

言ってみたところ、

「やめられるのかしら?」っと言いながらも

やめることを検討してくれるようです。

良かったです。

 

その結果、「余命」が短くなるかもしれないし

癌が新たに転移することもあるかもしれません。

が、

ただ、布団に潜って、薬の副作用に苦しむ治療方法が良いとは

たとえ余命が伸びたとしても、

良いとは思えません。

 

食べたい時に食べて、読みたい時に読んで、

出掛けたい時に出掛けられて、

特段、苦しみがなく、寝込まざる負えないこともない。

そんな時間がたくさんあったほうが、

薬の副作用に耐える時間が増えるよりも、

遥かに良いと思うのです。

 

でも、あくまでも私の主観であって、

母がどう考えているかはわかりません。

 

緊急時ならば、喉を切って気道を確保したいかもしれないし、

胃ろうをつけてでも生きたいかもしれないし、

体に管を通しまくっても、

イブランスの副作用がどんなにツラくとも、

生きていたいのかもしれません。

 

なので、その辺りを母に聞いたら

「あんたにお任せ。信頼しているから」とのこと。

 

あぁ~。親戚と揉めそうだし「なぜ延命しないんだ」「なぜ治療しないんだ」「なぜ病院から帰ってきた」

と言う揉め事は多いそうですし。と言うか

必ずと言って良いくらいあるようですし。

 

かねて母にも、意思表示を明記した書類を書いて欲しい。

そしてそれを公証役場で法的に効果のあるものにして欲しい。

と言っても、全然やってくれないですし。

リビング・ウィルと言う同意書なようなものでもいいのですが。

 

https://kaigo.homes.co.jp/qa_article/107/

以下 延命治療について親の意思を確認したい、その方法は? から抜粋)

 

本人が意思表示できなくなった場合に、どのような延命治療を受けるかどうかを、

あらかじめ記入しておくもので、「生前の意思」を意味するリビング・ウィルとも呼ばれています。

いわゆる尊厳死や平穏死、自然死を希望する人が増え、それに伴い生前の意思を残すこと浸透してきたのでしょう。

文書の名称は、「尊厳死の宣言書」「事前要望書」「事前指示書」というように、特に統一はされていません。

 

母ちゃん書いてくれないかなぁ。

殺人罪や殺人幇助に医師が問われる可能性を潰しておきたいし

保護責任者遺棄致死、も気になるし。

 

最悪、私が罪に問われるのは良いとしても、

母の死生観に限りなく近いものにしたいから

医者から出来ないと言われる方法も、たぶん同意書があれば出来ると思うし。

 

 

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2018年 09月11日 ネット上のサバイバーの方々にコメントを残す

イブランスカプセル服用者様の

経験的なお言葉を求めて、

以下のサイトの管理人様にコメントを残しました。

 

https://ameblo.jp/harunatuaki3/

ゆるゆると、ふわふわと

はる様

 

 

https://ameblo.jp/maasaai/

あたふた、ジタバタ奮闘記!恋子fight/乳がんステージⅣサバイバ

恋子様

 

https://ameblo.jp/amen-ra/entry-12402615730.html

ニャonイレブン~

ニャオン様

 

http://asahaasa.hatenablog.com/entry/2018/09/05/180213

毎日ぼちぼちやっています

asaha様

 

http://kyozon-life.com/
乳がんとともに生きる暮らし

はなこ様

 

 

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2018年 09月11日 母の経過。イブランスカプセル

つい最近、厚生労働省に認可された「イブランスカプセル」と言う薬を

母は、3週間前から飲みはじめました。

 

この薬を飲み始めて、母は、グングン元気がなくなって行き、

食欲もなくなって、体温は安定せず、すぐに熱中症のような、

微熱に苦しむような、生活になっていきました。

 

この薬は、世界中で売れまくっているようです。

 

この薬の飲み方は、3週間のみ続けて、1週間のまない。

を1クールとして、飲み続けて行くお薬のようです。

 

日本では、3割負担でも、かなりの高額なお薬です。

 

癌のお薬で肝心だと思っているのは、

厚生労働省の認可が降りて、

保険適用の3割負担であるかどうか、だと思っています。

 

そうではないお薬、治療法に関しては、

認可が降りない理由があると思うので、

もし母がそんな保険適用外のことを望んだら、

たぶん止めに入ると思いますが、

母は、かなり調べる人でもあるので、信用したいです。

 

肝心の「イブランスカプセル」ですが、

飲んで3日位で、「元気が無いなぁ~。どうしたんだろう?」っと言う感じに見て取れました。

 

1週間位たつと、明確につらそうで、苦しそうでもありました。

そこから徐々に、体力や気力&精神力が削り取られていく感じが見て取れて

ものすごく不安になりました。

(今思うと母はこの位の副作用は想定内だったのかもしれません)

 

とくにキツそうになっていったのが、

2週間目から、3週間でした。

 

食事もままならず、激しい副作用で苦しんでいて

体温は熱が2度上がったり下がったり1度上がったり。

読書家の母が、新聞や本も読まず(読めない)、数独大好きの母が、

「出来ない。」っと言って、

テレビは、

水戸黄門か、暴れん坊将軍しかつけなくなりました。

 

そして先日は、ダウンに近い状況までになってしまいました。

 

しかし、今日が3週間の最終日なのですが、

お昼に、思いっきりカツ丼を食っていました。

今日で最後ということで、気が楽なのでしょうか。

 

私は、日常的に、自分と母の髪を切るのですが、

さっき、「悪いけれども、暇な時に髪を切ってくれないかしら?」っと頼まれました。

元気な声で。

 

喜んで切りました。

 

母とお医者さんの決めた治療方針があるから、

私が悩んでもしょうがないのですが、

そこまで苦しむ薬をのんでまで、延命に期待すべきか。

それとも、本人の自由な時間が増えるような治療にしてもらうか。

 

ただ、そんな治療法があるかは知りませんし、

今の薬が本人の自由な時間をむしろ増やしているのかもしれません。

 

私は医者でもなければ薬剤師でもないので、サッパリわかりませんが、ただ、母に物申すと言うよりは

「母の余命をどうこう考える」のような感覚については、ある程度考えを固めて

腹をくくっておかないといけないようなきもしています。

(私自身が心配や不安にかられたくないだけという身勝手な思いに邪魔させないためにも)

 

この3週の間、私は、母に口出しもしたし、助けにならない思いを、言ったりしてしまったと思います。

私自身が、母に対する心配と不安を、無くしたかったからだと思います。

一緒に住んでいて、不安が膨らんだのだと思います。

 

ただ、昨日までの母と、今日の母は、違いすぎて、ビックリしますが。

 

これから先は全くわかりませんが、

ただ、今回の3週間で、「こういう治療を進めている母親」を

受け入れられる胆力を持ちたいですし、

心配や不安が湧き出ても

優しい無関心。平然と「分かっているから任せてよ!」(無責任な嘘ですが)

くらいの自分を維持できるようには、しておきたいと思いました。

 

 

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2018年 09月10日 パニックになると、いつものコンビニに行くというポンコツ

いつものように、グータラと寝ていました。

 

部屋の外から母親が

「出掛けて来ます」っと言う声がしたので、

眠りながら「はい」っと返事をして、

そのまま寝続けました。

 

目が覚めて、タバコを吸い、

「そういえば母が出掛けたなぁ。どこに行ったのかな?」っと思い、

いつもの母ならば、

目的地や現在地を、LINEで送ってきているはずなので、

LINEを開いてびっくりしました。

 

「気持ち悪くなって、今休んでいます。迎えに来てください」っと。

 

全身転移の癌で、

ココ最近は、強いお薬に変えた影響があり、

食事も思うようにとれず、熱が出たり、基本的に体調不良なので、

大慌てでズボンをはいて2人乗り可能な乗り物で家を飛び出しました。

 

が、頭が混乱していて、いつものように近所のコンビニに行ってしまい、

スマホも持っていなければ、家の鍵閉めたかな?とか、頭が大混乱で、

「一旦家に帰って正確な場所を聞こう」っと帰宅。

正確な場所を聞いて、急いで向かいました。

 

「今はパニックになっていいけれども、母親の前では笑顔で居なければ」っと気を引き締めました。

 

程なくして母を発見!

 

丸くへばっていると思っていましたが、

背筋が伸びていて表情にもツラさが見られず、

それを見て冷静になれたんだと思います。

にっこりスマイルで、穏やかな口調を意識しながら

「あれ?どうしちゃったの?」っと話しかけると

「バスに乗ったら急に気持ちが悪くなって」っとのこと。

 

「あらぁ~。今も?」っと尋ねると

どこで買ったのか、冷えた水を飲んでから、

「だいぶ落ち着いたわ」っとのことで、ひとまず安心しました。

 

「後ろ乗ってよ」っと言うと

「荷物だけ持って帰ってくれれば、後は歩いて帰れるから」とは言うものの

こっちとしては離れる気もないので、一緒に歩いて帰ろうとしましたが、

「チョット乗ってみようかしら」っと、2人乗り可能な乗り物に乗ってくれました。

 

「歩いて帰れる」と言う母の言葉と同時に

「あぁ~これで1秒でも早く家に母を送れる。母の体力を少しも無駄にしたくない」っと思い

私の心も落ち着いていきました。

 

「楽だわ!」っと言う母でしたが、

「もう、ここからは歩いて帰るから」っと言い出したのですが、

家までの距離はまだまだあります。

 

変に気を使いすぎてもなんだし、どうしたら良いかなぁ。と思っていったら、

「やっぱり乗っていくわ」と言ってくれて安心しました。

「もう一度乗っちゃうとダメね。楽だから」っと言う母の声を聞きながら

無事家に到着いたしました。

 

家について、今にも倒れそうになりながら、着替えたりしている母に、

「布団は僕が敷くから手を洗ってきなよ」っとうながし、

布団を敷いて、母の求めた、アイス枕などを取り出したり

出先で人に渡す予定だったものを冷蔵庫に入れたりしていました。

 

フッと、冷凍庫にガリガリ君が見えたので、

「ガリガリ君食べる?」っと言うと、ぜひ持ってきて欲しいとのことでした。

 

ガリガリ君を一緒に食べながら、

「経口補水液いる?」っと聞くと、

「ガリガリ君で良い。ガリガリ君、効くわ」っと、ガリガリ君を大絶賛していました。

 

数日後に控える、親戚のセカンドオピニオンに

母の立会を求めてきて、その打ち合わせに向かうようだったのですが

母自身が、現在、治療&療養中の身ですから、

そのことに対して、母に口を出すべきかを迷いましたが、

とりあえず静観することにしました。

 

ですが、今回は、近場でよかったです。

母の話を聞いていたら、

行けるとこまで行けば、収まるかもしれないから

行こうとも考えた、というからビックリしました。

 

薬の影響で、まともに食事も取れない中で、

まだまだ暑い日中に、重い荷物を背負い、

他人の病気のセカンドオピニオンの打ち合わせに行こうとしたのですから、

母自身が、治療&療養中な上に、

食事も満足に取れず、しかも、強い薬の副作用で、

ランダムに熱が出たりもする体調だということを、

もうチョット考えても欲しかったりもします。

 

今は母は、

「一眠りすれば回復すると思う」っと言いながらも

「手がシビレている。どうやら熱中症みたい」との楽観視が心配です。

 

たぶん、心配をかけないように、気を使ってくれているのでしょう。

 

できれば数日後の、親戚のセカンドオピニオンは中止してほしいです。

多分、今回と同じか、それ以上の体調不良になると思うからです。

 

せめて今の治療のめどが立って、体調も安定してくるまでは

この街を出るくらいの距離の移動は、

避けて欲しいものですが(母自身の病院は仕方ないですが心配です)。

 

それにしても、パニックになると、予想のはるか上を行く自分のポンコツっぷりには泣けてきました。

 

 

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2018年 09月06日 母の体調不良

母親が、全身転移の癌にかかって4年が経ちました。

(正確な年数はよく覚えてはいませんが)

 

発見当初からすでに全身転移で

生存率も低かったため

「母が死ぬのかな・・・」っと、

物凄く、寂しい気持ちでイッパイでしたが、

わり~と、健康的な生活を送っっている母を見て、

「痛がる」とか、「ダルそうにしている」とか、「苦しむことがある」とかが、

まったくなかったので、

心配するポイントがなく、

私自身も、ぼんやりと生活を続けていました。

 

よく食べ・よく喋り・よく出かけて、いましたから。

 

しかし、約一ヶ月前、主治医が変わって、定期検診のMRI検査の結果

どうも一部大きくなっている部分があるということで、

お薬も変わりました。

 

それからしばらくして、

母は、日に日に具合が悪そうになっていきましたし

母本人も、具合の悪さを口にするようになってきました。

 

本人が言うには、

薬の強い副作用で強い吐き気があり、

食べ物が食べられない。っとのこと。

 

苦しそうに寝ている母を見て、

かける言葉も思い浮かばず、

すごく心配になりました。

 

薬のせいだろう。その副作用だろう。

薬が癌細胞と戦っていて、体に倦怠感があるのだろう。

薬それ自体の強い副作用もあるのだろう。

医者が変わったのがよくないのかもしれない。

このまま強い吐き気に襲われるくらいならば、薬を戻したほうが良いのでは。

 

などなど、ドンドンと心配になりました。

 

ただ、私に出来ることは、なにもないことも知っているので、

余計なことを言わないようにしながら、

心配だけども心配じゃない。っというフリをしていましたが、

昨夜、酔っ払っていたら、母が苦しそうに寝ていたので、

「母ちゃん、分からないけれども、分かっているから!」っと酒臭い息を吐きながら、

握手して、眠りました。

 

今日になってもまだまだ強い副作用が、消えることは無いようで、

つらそうに寝ている母を見て

ドンドン心配にもなりました。

 

私ごときのセコイ経験ですが、

薬の副作用による強い吐き気は、チョットした拷問です。

自分で薬を調節したら病気が悪化するし

そもそも症状が抑えられているとは思えないところに持ってきて、

強い吐き気ですから、たまったものではありませんでした。

なんとか今の薬に出会うのに、結構な時間を要しました。

 

朝、母親は大変感謝してくれました。

「手を握ってくれて嬉しかった」っと。

 

他に私にできることがあれば、それをやるのですが、

近代医学で治療中の母に、引きこもりメンタルのオッサンが出来ることは

なにもないのです。

 

昔飼っていた犬が、年老いて夜泣きを繰り返すようになった時に、

犬の場所にお邪魔して、犬を膝の上に乗せ、

心の中で「オレは何も出来ないけれども、でも苦しかったり、ツラかったら、伝えてね」っと思い

犬を持ち上げて膝の上に乗せると、

乗せた瞬間に夜泣きを辞めて、グーグー寝はじめました。

 

「こんなに落ち着いて寝るなんて。なんでだ?オレなんにもしてないけどなぁ?」っと、

ものすごく不思議でしたが、犬の睡眠を邪魔したくないので、

おそらく1日3時間位は膝の上に乗せていたように思います。

で、足のシビレが限界に来たら、犬をそ~っと下ろし、自分の部屋へ向かおうとすると

犬が起き上がって、物凄く優しい顔を私に向けていました。

 

「なんにも出来ないけれども、いつでも呼んでいいからね」っと伝へて部屋に帰り

犬も夜泣きをせず、静かに寝る。っと言う

大変貴重な経験をさせていただきました。

 

そのことを思い出しながら、

母に対する接し方と言うか、心配になる気持ちも考えてみました。

 

未来が分かっちゃえば、心配にはならないはずです。

わからないから心配になってしまうのでしょうが、

未来がわかろうはずもないので、

「何故、わかりもしない未来を勝手に想像して、心配になっているんだろうか?」っと考えました。

 

母親の病気は、近代医学とのぶつかり合いで、

その援護をしているのが、国家資格を持つお医者さんで、

そのお医者さんが、最善と思ったことを母ちゃんにぶつけているわけで

そこには、ボンクラの私が入り込む余地はないなぁ。とも思いました。

 

となると、私に出来ることは、

誰にもわからない未来を想像することでもなければ、

お医者さんと母が決めた治療方針を気にすることでもなく、

私に出来ることを、安定した心で、淡々とこなしていくしか無いのではないかと思えました。

 

かつては犬が安心してくれたように、

そして、母に、感謝されたように、

握手をするとか、近くに居ながら、穏やかな気持でいるとか、

「優しい無関心」や、「安定した心で無責任にそばに居るだけ」とか、

もちろん母の負担は積極的に減らしたいですが、

その為にやれることは今もうすでにやってしまっていますし。

 

母の体調の悪化や

癌の進行は、やはりツライものです。

しかし、変に母にストレスを与えるかもしれない

ヘンテコな想像による心配や不安を口にするよりも

(主に私自身が心配や不安をしたくないからと言う理由での、

母を思ってと言うよりも、自分が安心したいダケ)

「分からないけど分かっているから!」とか、「まぁ~何も出来ないけれども、任せなさい!」、

っと言う、結局母親にダメージを与えないことを言いながら、(無責任すぎる発言ですが)

握手をしたり、優しい無関心でいたりすることなのかなあ。っと思いました。

それに今の母の体調が続いたとして、

母の体調込みで、

私自身が、受け入れていくしかない気もしますし。

 

 

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