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2006年12月の記事は以下のとおりです。

2006年12月30日  10代後半20代前半

10代後半から20代前半だった頃の話を聞くと
大抵の人は「暗かった」「地味だった」
と言う答えが返ってきます。
中には「良いことが何も無かった」と加える方もいます。

例外的に、「毎日が楽しくてしょうがない!」
と言う方もいます。

私自身も、暗かったので
そう言う方とのつながりが多いだけかもしれませんが
今朝母親の話を聞いたら
やはり「暗かった」と言いました。

父にも聞いたことがありましたが
「その頃に一回会社を辞めて悩んでいた」と言っていました。

確かにそうかもしれないとも思いました。

「世の中」や「社会」がいきなり見えてくるわけでもなく
しかし、その言葉を意識します。
良い年齢と言われがちにもかかわらず
グラサンをかけながら生きているようなものだとも思います。
「世の中」や「社会」と言うものを感じることも無く
見えることも無いのですが
もうすぐ、その中で生きていくことが
常識的に頭の中にあって色々考えてしまうと思います。
「苦労は買ってでもしろ」と言う言葉が
今の日本では不可能ですし。
頭を使う苦渋は出来ても
体の苦労は、高収入を得てしまいます。
しかも、根の深い嫉妬や理屈の無い差別などが
狂犬病並みになくなってきているので
心に根ざした部分を傷つけてしまう人も多いように思います。

根の深い嫉妬や差別は無い方が良いに決まっています。
狂犬病も。

根の深い嫉妬でもなく理屈の無い差別は無くても
真下に根ざした排他的感情や平べったい安定を脅かす者へクサビを打つ、
「世の中」や「社会」を見えないままイメージするあまりの
孤独感と虚無感。
それを紛わすことで自身の心にクサビを打ってしまうような行動。

考えてみたら、結構キツイ年齢に思えてきました。

その年齢を過ぎた私は
おそらくどうしようもない生き方をしていますが
さすがに、あの苦しみは過去のものになりました。
楽しさがようやく手応えを持てることも出てきましたし。

2006年12月29日  食事作りの年末

酒粕汁を作りました。

だし汁を作り
買出しに行き
じっくり煮込んで
出来上がった時にはバテていました。
4時間、利便性の悪い台所で動いていたのですから
当たり前といえば当たり前です。

部屋に戻って
『すぐになくなってしまうのだろうか・・・。』
そう思うと悔しさがこみ上げてきました。

どうも最近は
すぐにこうなりますが
一回発狂しちゃうと、こうなのかもしれません。

部屋で紙にペンで
置き手紙を書き粕汁鍋の横に置いておきました。

部屋に戻ってから少しおかしなことをしている自分を思いました。

兄が最初にその置き手紙を見ました。
兄とすれ違った時に
「元気?・・・。粕汁少し食べちゃった」
そう言ってくれました。
兄の率直な優しさが嬉しくて回復しました。

問題は母です。
「私の健康を気遣ってくれたんだ」
と普通に思う人です。
「僕は誰の心配もしていない。
僕だけの心配をしているんだ。」
そう言って3日しか経っていませんし、
母に色々言って2日しか経っていないので
わかってもらえたら嬉しいいです。

2006年12月29日  成長したいものです

近所のスーパーに買出しに行った今日
最近では良く見かけるメガネをかけた女性がレジに並んでいました。

コレはまったくの私の
低レベルでもありハイレベルな心象なのですが

あのメガネに
あのデニム
あの抑え目の色の上着に
あの感じの髪型であの顔付きあの年齢

=(イコール)ドスケベオンナ

脳科学の観点から行くと
当たっているんですが
当たっていてもあまり嬉しくは無いですから
どうでも良いことです。

ただ、私よりも低レベルでハイレベルな中学生男子などは
確信をしていると思われます。

本当にどうでも良いことです。

しかし、あの手のメガネは似合わない人はいないと思っていましたが
似合わない人が多く存在することも知りました。

素がかわいかったり綺麗だったりすれば
何してもかわいいし綺麗になるものなのでしょう。
当たり前といえば当たり前です。
気持ちの面で、
また、
実際に努力している面で
かわいかったり
綺麗だったりすると思いますから。
エベレストに登る意気込みと努力みたいに思える時もありますが。

2006年12月28日  久しぶりの運動

今日久しぶりにジョギングに出かけました。

スタート地点でいきなり小鳥にフンをプレゼントされてしまいましたが
そのまま一通り終えた後に
体も気分も心地の良いものとなっていました。

四股を踏んでいた時は
まったく上手く出来なかったので
四股ばかり踏みそうになりましたが
そこまで足腰も強くは無いので
適度に切り上げました。

腹筋も
かなり形とやり方を意識したら
もの凄く辛いことを改めて知りました。

今度は室内で
ついに知ることが出来ました
外腹斜筋への刺激の与え方をやりたいですし
またまた新しく知りえた
大胸筋への刺激の与え方もやりたいです。

叔父と叔母が
母の健康を心配して
血圧計を送ってくれました。

私も測ってみたら
122で脈拍が80でした。
なぜか幼い頃より脈拍は高いです。
心臓を打つ回数と言うのは決まっているらしく
その回数だけ打ったら死ぬそうですが
その回数だけ打てて死ねたらもの凄くラッキーだとも思っています。

なぜかこの季節に青々としている植物や小高い木もあれば
枝だけの木もあったり。
空が高く、日差しが強く空っ風の中
自然と出来た枯葉の山の中に
弁当が捨ててあったり。

駐車場から出てくる1人で乗っている若い女性の車が
アウトドアな高級車だったり
散歩中の犬がこっちを見ている(幸福感MAX)と思ったら
猫と犬がオタオタ合戦している最中だったり。

ジョギングと言うよりも散歩みたいなものですが
外に用事も無く出てぶらついている人の気持ちが
分かりました。

あとは、重い木刀か丸木が欲しいところです。
握りと手首の固定を強くしたいです。
ただ、それを使った練習をする場所が思い浮かびません。

やはり適度に外での運動をすることで
自身がほとんど水で出来ていることを知りえることが出来ましたし
水がにごるとその水は下にたまり
また、水の循環を硬いものにしてしまっている生活も解消できて
体に負荷をかけているにもかかわらず
体が柔らかくなり
心も気分よくなれました。

2006年12月27日  不愉快

目覚めは、宅急便屋さんのピンポンの音でした。
そして名前を連呼されて
寝ぼけたまま玄関にダッシュしました。

叔父と叔母から母に健康器具が送られてきました。

母がやりっぱなしの洗濯物をかたずけ
兄の洗濯物をやり、先日の夜から何も口にしていなかったので
貧血になり
テンションが上がり
だるくなって
イライラしだしました。

食事を作っていたら母が帰宅。
「鳥のから揚げかって来たよ」
やはりここ最近私は
不調としか思えません。
母のその言葉でかなり不愉快になってしまい
貧血で座り込みました。

そのまま食事を作り終えて
食べながら母の声を聞いていたら
不愉快な気分が増してしまいました。

部屋に戻り服薬。
少し横になろうと思い30分くらい横になり
やりかけの洗濯物を干して終えてから
母のもとに行き
「洗濯乾燥機と食器洗い機を買ってくれ」
と言いましたが
家の作りが古いからなどの
母の単独妄想の理由で断られました。

不愉快さが止まらなかったので
サンドバックを叩こうと思ったら
部屋が汚すぎてまずサンドバックを吊るせませんでした。
仕方が無いので
サンドバックを立てかけて使いました。

不愉快さが止まりません。

程なくして、頓服薬を服用後睡眠をとりました。
起床後かなりすっきりしていました。
起きて下に行くと母がご飯を作っておいてくれました。
おいしくありがたくいただきました。

食器は洗い終わっていました。

母だけを責めても意味が無いのは分かってはいますが、
流れ出るように不満が出てしまいました。

2006年12月26日  大雨の日

雨の音を聞きながら思いました。

「眠くないのに・・・。眠くなる。」

程なくして足のだるさが来ましたので
少し室内運動をしました。
その後も
雨の音を聞き
「眠い、くない?」
と思いながら
眠りに入りました。

最近は明らかに不調です。
すぐにイライラしてしまいます。

負担が厳しいです。
やらされていることの負担が。
やはり堪えきれる事ではないと思いました。

酒を飲んで母に言っても
運動をしても
結局は負担に変わりは無いのですから。

技の1人での練習や
サンドバックなどを遣ってのごまかしは可能ですが・・・。

2006年12月25日  逃げないで聞いてくれた母に謝罪

  • 2006/12/25 08:11

晩飯の買出しからの帰り
母にお菓子と箸を渡しながら
「逃げずに聞いてくれてありがとう」
と言いました。

ショックだったのは
母の服の肩の所に
白髪が結構抜け落ちていたことでした。

しばらく部屋で休んでから
再度母のもとに行き
謝罪をしました。

そして母と餃子を包みながら
「あんたがそんなに背負ってしまっているとは思わなかった」
そう言ってくれました。

やはり言葉で伝えることをおこたってはいけないのかな?
そう思えましたが
酒飲んで母親を罵倒しながら言うことではなかったです。
しかも夜中に。

疲れ切った母親の顔が刺さりました。

「あんたは家のこと全部やっているから休みが無いもんね」
そうも言ってくれましたが
母は週休2日の仕事と土日にバイトを入れて
毎日働いています。

もう背負うことも無い(思い込み上の背負いすぎです)。
言いたいこと、聞きたかったことは言えた(言い過ぎましたが)。

母は私の将来や過去(「10年間も辛かったと思って」まだ治っていませんが)
を楽しくあれば良いと思ってくれているようで
ありがたいです。
「あんたは病気になって強くなったね本当に」
何時間か前に、いいがかりも含めて
酒飲んで罵倒した相手から聞ける言葉とは思えません。

今年一年は
良かったことも辛かったこともたくさんありましたが
病気が良くなっていく手応えを感じて
さらに良くなっていった年でもありました。

と、
勝手に私だけリフレッシュしてしまいました。
餃子はうまかったです。

母に酔っ払いながら言った一言があります。
「テメェオレを生んで・・・?俺を生んだ人間?意味がわからねぇ~!」

2006年12月25日  逃げずに聞いてくれた母

今日の明け方にかけて
酔っ払った勢いを借りて
母に聴きたかったことや言いたかったこと、
たずねたかったことを
「オイ」「てめぇ」
などを交えながら話しました。

結局は
母だけではなく
父に言うべきことだと途中で気が付き
なんだか、なんと言うか
母をいじめているようになってしまいました。

でも、母は話をそらさず、逃げず
聞いてくれました。
かなり罵倒してしまいました。

正直に後悔の念も無ければ
聞きたかったことや言いたかったことがいえてよかったのですが
罵倒してしまった部分や
母に聞くべきではなく
父に聞くべきことだったことなどは
私自身今でもどうしようと言う気持ちもあります。
謝ります。
後で。

逃げず
そらさずにいた母。

ありがたいです。
とても申し訳ないですが
当時から私自身がうやむやのまま辛かったことや
うやむやのまま罵倒されたことを
少しでも知りたかったのです。

父は逃げるし話をそらす人間です。
しかも会話運びが上手いので
困りものです。
しかし、父に聞きたいことや言いたいことは
いずれ言いに行こうと思います。

2006年12月24日  愚痴

言葉が
未来形か過去形。
「やっておくから」
「わたしのせいだから」
贖罪も無く行動も無い。

そして縛っているところは縛っている。
握っているところは所在も明かさない。
会話が下手かもしれないが
持って行き方はうまい。

この人の下にいたら
私は自由になれないと思いました。

だから自分だけの心配をしたいところですが
この人はディフェンスもうまい。

人を盾に使う。

自由になれることが一番。

そう思わないと眠れませんでした。

2006年12月23日  もう疲れたから・・・。

今朝、兄が喘息になりました。
兄を自転車の後ろに乗せて病院までいくも
(途中パトカーに警戒しながらの2人乗りでした)
今日は休診日。
一度家に戻って
改めて、保健所から病院まで電話をかけまくるも
休診日ばかり。
お腹がすいたので弁当を買いに出て
兄とパクパク。

落ちるように寝る兄に
「絶対に今日に行け!」と言い
僕も眠くなり
でももの凄く色々なことに腹が立ってきて
何とか落ち着いて睡眠。

なんだか
何にだかも分からず
でも確実に
不満があることを自覚しています。

こう言う時は
人と話をしたり接したりすると
忘れるか、それが何なのかが分かるのですが
病院(心療)も、年末はもう空いてはいないでしょうし。

やっぱり運動かな。

それに、格闘技をして分かったのですが
ある程度の基本的な体とかが出来てしまえば
出稽古や他の格闘技の場所でも
ルールややり方が違っても
結構すんなり入っていけたりしてしまうので
柔道着と1人用でやる打ち込みようの帯を買おうと表います。

兄は今日バザーに出店する予定だったようです。
兄はゼーゼー言いながらぽつりとつぶやきました。
「○○(←私です)に、買ってやりたかったのに・・・」。
兄にはもう、
オレより先に死ななければなんでもいいです。

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