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2016年10月の記事は以下のとおりです。

2016年 10月24日 18時起床

18時に起床しました。

何度か目が覚めかけたのですが

太陽の光が嫌だったので、寝続けました。

 

18時に起きた時はもう真っ暗で、

気持ちが焦っていました。

 

こんな時間まで寝てしまった・・・。

○○時までに、ご飯食べなきゃ。

○○時までに、材料揃えなきゃ。

○○時までに、下準備しておいたものに火を入れなきゃ。

 

っと、次々と頭に思い浮かんできながらも、

「このまま寝続けちゃいたいな」

とも思いました。

 

とりあえずベランダに出てタバコを吸いながら

近所の音が気になるというのは

ウツだからではなく、人間はそういう生き物だから。

っということを考えていました。

 

狩猟民族でもなく、大陸民族でもない

日本列島で、定住型社会。

村社会を生きてきたのですから、

隣近所の目がある。ということを常に意識してきたはずです。

もし、自分の悪い噂がたてば

自分の代だけではなく、子供や孫の代まで迷惑がかかるという

かなり激熱なプレッシャーの村社会。

 

もちろん良い面もある村社会ですが。

 

だから、私が近所を気にしたり、

近所からどう見られるかが不安に思うことは

何百万年もかけて身につけた緊張感なので

私一代ではどうしようもございません。

 

18時に起きたことで、焦っていることに徐々に気が付きました。

 

普段ならば、適当な時間に飯を食おう。

など、適当に考えていた時間感覚のはずなのに

○○時までに、○○しなきゃ。っと、思い

そして投げ出して寝たくなるという流れに気が付きました。

 

ただ、気がついたところで、どうしようもないとも思いました。

 

太陽を嫌って寝続けたこと。

18時まで寝たこと。

○○時までに、○○しなきゃと焦る気持ち。

もう寝てしまいたくなる気持ち。

 

湧き上がってきてしまった以上は、

もうそういう事なんだろうなぁっと。

焦るしイライラもするし。

 

ひざなどをすりむいた後の状態みたいなもので、

すりむく前には、すぐには戻せません。

しかも、今すぐになんて戻せっこありません。

 

だから、

イライラしたり、焦ったり

気分が急降下して寝たくなったり。

もうすりむいている以上は、そういう不安定なきもちで行くしかないなぁ。

焦りと不安も、すりむいたんだからそりゃ出るわなぁ。

っと。

 

で、寝ちゃうのもありかなぁ。と思いましたが、

とりあえず、わずかなお茶漬けを食べて、食後の薬を飲みました。

 

ちょっと楽になりました。

 

落ち着く前は、太陽に当たらなかった、ダメな自分を強く後悔して

だから、うつ状態になったんだ。

しかも、もう夜だから、この先できることは少ない。

うつ状態だから食欲もないけれども

食べなければ、薬も飲まなければ、他にもやることはあるはずだし。

などと焦りまくっていましたが、

すりむいたのだからしょうがありません。

今すぐには戻せませんので、

ダラっとすることに決めました。

どうせ集中力もなければ、思考力もないのでしょうから。

 

 

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2016年 10月22日 実用的なもの求む!

うつ状態は

生き物として、休むべきだからなる状態で、

でも頑張ろうとするからつらくなると考えていましたが

どうやら違うようで焦りました。

 

私は鬱病にはなったことはないと思います。

「うつ的な感じ」や「うつ状態」などの

誰にでもありうる状態だと思うのですが、

その感覚をあなどっていました。

 

「うつ状態」になると、

むしろ感覚が研ぎ澄まされて、過剰に敏感になり

緊張状態のようにもなります。

 

しかも、浮かんでくる思考は、不安を呼び込んだり

嫌なことを思い出したり、かと思えばいきなり焦りだしたり

自分を責めだしたり、イライラしてきたり。

 

「更年期が来たかな?」っと思うも、

10代20代のほうが遥かにそれらが強かったので

更年期ではなさそうです。

 

更年期にも関係があるかもしれませんが

なんでウツになると、むしろ体が緊張するのかなぁと思っていたら

思いっきり本に書いてありました。

 

弱っている生き物ほど殺されやすいそうです。

ウツになるということは、弱っている状態だから

獣とかに襲われる危険が飛躍的に高まる。

もしかしたら仲間はずれにされたり

人間に殺されることさえ「ない」とはいえない。

 

となると、神経は過敏になり、寝付きも悪くなるし

様々な最悪の事態をシュミレーションしながら

いらいらや焦りも出てくる。

 

その一方で、活動的になれないために

エネルギーの消費を抑えるために

行動に制限をかけつつ、食欲も低下させる。

 

自分はのんきな農耕民族気取りでした。

足は短く、胴長で、畑に向かう体型だと思っていました。

 

でもその一方で、普通に空手や柔道、合気道

最近では総合格闘技やキックボクシングなどのジムもよく目にします。

 

自分の先祖は間違いなく、農民だと思いますし

間違っても刀を持つ階級ではなかったと思いますが、

モンスターハンターのような感覚を身に着けているのだなぁ。

っと、思いを馳せてしまいました。

 

時間がかかるのはわかっているから

少しでも改善の道を進みたいと思いましたが

自意識過剰に陥りそうなので

経済とかの本を読んでいたら、割りと似たような話が出てきました。

 

例えば、民主主義や共産主義、資本主義や市場経済。

こういったものは、ヨーロッパのローカルルールとして生まれたもので

それをそっくりそのまま、

例えば今のイラクに落とし込んだとしても

機能するはずもないというものでした。

 

日本も同様で、日本が持つローカルルールに十分配慮した

民主主義であり、資本主義であり、市場経済に規制すべきだとか。

 

自分の体に例えると

自分の体と生活に落とし込めるような、実践的なやり方であり

続けられそうな方法じゃないと、改善していかないのではないかと。

 

といっても、今のグローバル経済や、改革の流れ、

成長戦略などのアベノミクスと呼ばれるものは

どちらかと言うと、共産主義的というか

計画経済のようにも思えます。

 

朝起きて太陽を浴び、ご飯を食べた2時間後に軽く運動して

夜10時に寝て朝6時に起きる生活を毎日続ければ治る。

と言われた1年半の通院歴がありました。

今ではとても偉くなられた精神科医の先生です。

おそらく自律神経の回復を目指した方法でしょうし

効果がないとは思いませんが、当時の私には落とし込めませんでした。

全く。

 

TPPも、同様で、それぞれの国のローカルルールを無視したり

踏みにじったりしたら、侵略戦争のようなものじゃないかと。

しかも今の日本は自ら進んで侵略され

なお侵略しようとしていっているような気がします。

もっと驚いたのは、

中国が、TPPに入ってくるとかいう人がいるのが驚きました。

TPPで行われる数々の決済はおそらくドル建てだと思います。

そこに中国が入ってくるはずがないと思うのですが。

 

だからといって、民間療法はないなぁ。

嘘つきNPOとかもムカつくし。

 

なんだか理屈ばかりの世間知らずに自分が思えてきました。

 

 

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2016年 10月14日 湧き上がる忘れたい過去とお酒

秋風が吹き、日没も早くなって

気温も下がっていく中で、

眠気が増す傾向にあります。

当然眠いから、色々なことがおっくうにもなります。

 

寒くなってくると

獲物も、食べ物も、少なくなる上に

空気の乾燥や

体温低下によって色々と病気になる危険も増すという

外はリスクだらけになるのですから

眠くなったり、億劫になったりするのも納得の行くところです。

 

ベランダでタバコを吸いながら頭に思い浮かぶ

思い出したくない過去や

思い出したくない人間が頭に浮かびます。

 

今はもう、思い浮かぶ頭の中の考えは、

思い浮かんじゃったのだからしょうがないとすることにしました。

 

思い浮かんだ後で、そういうことばかりを思い浮かべてしまう

自分という人間のセンスの無さを思い

頭に浮かんだ考えを打ち消そうとしますが、

思い浮かんだことはもうしょうがない。

なんか思い浮かぶだけの、人間に蓄積されて来たものが

働いているのだろうと。

 

たぶん、こういう、嫌な過去を思い出すことは

無くならないような予感がします。

 

思い浮かんだ、思い出したくないことも含めて

なんとか穏やかに消化できる方法を模索しています。

 

取り返しのつかない学生時代に負った傷を

サラリーマンやOL、

精神科に通っていない方々は

どう消化しているのかも気にはなりますが・・・。

 

生き馬の目を抜く現代社会で

嫌な思いをせず、忘れたいようなことを経験せずにいる人は

居ないでしょうから、

やっぱり、日々の経験なのでしょうか。

 

それと、恋人や奥さん、子供などの存在によって生まれる

「この人のためには何も惜しまない」的な

家族と言う絶対的な存在による

幸せを実感する経験を土台とした上で

思い出しても

乗り越えられるのでしょうか。

 

30代前半。

自分の為に行きていくことにはいずれ限界が来て

奥さんや子供から受ける幸せな経験。

それを軸に持たないと、おそらく生きていけないし

困難にも向き合えないだろうし

乗り越えることは出来ないだろうと

考えていた時期がありました。

 

テレビタレントの光浦靖子さんがそんな感じのことを言っていて、

今まで自分が読んでいた本にも、

そのようなことが書かれていましたから。

 

本の内容は、共同体としての保守思想的なものだったように思います。

 

先日お医者様の診察を受けた時に

突然来る極度の緊張・外食時に発生する苦痛・

そして、その直後に浮かぶ数々のネガティブ思考。

自責の念、自意識過剰、自信喪失、焦燥感。

などなどを話しました。

そしておそらくこれらは、

自分ではどうしようもないと思っていることも。

 

ただ、

唯一それら緊張やネガティブから

開放される方法があることを忘れていました。

 

酔っ払うことです。

 

ただ、勝山実さんという方がいますが、

その方が御自身のブログで

「お酒はドーピング」と書かれていました。

 

さすが作家さん。的確すぎる例えです。

 

ドーピングは、寿命を縮めます。

時に、統合失調症のような症状も強く出ますし

人を殺してしまうような事例や

自殺してしまう事例もあるようです。

 

長生きしたいという思いはありませんが

統合失調症のような症状はおそらく今の自分には耐えられないでしょう。

 

ましてや人殺しなんてしたら、洒落になりません。

 

命の尊さと同時に、その方を産んだお母さんや

その方が生まれたことで生きがいを感じたお父さんやご兄弟を思うと

たぶん生きたくなくなります。

 

それに親よりも先に死ぬことは

私が神のように思う両親から強くそうならないでほしいという言葉を

かつて受けたことがある以上、そんなことは出来ません。

 

お酒を飲むと、あらゆるネガティブが消えます。

だから、自分は甘え病じゃないかと思うこともあります。

そして、お酒を飲んでいるような状態を

なんとか、考え方や訓練などで

シラフの自分に持ってこれたらとも思います。

でも、お酒の歴史を考えると「無理だろうな」とも思います。

 

精神医学が

もっと発展してほしいなぁ。

 

 

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2016年 10月09日 気を使ったら消耗しました

うつ的思考(だと思う)で、

毎日緊張しているからこそ

過剰な緊張を呼び込んだり

過剰な疲労を蓄積したりと思い、

日常の思考に、注視しながら生活してみたら

「うつ」状態が活躍する羽目になりました。

 

心のなかでは、7~8年後に

多少でも、緊張がゆるくなったり、

症状が出なかったら良いなぁ。

っと、思ってはいるものの、

コンビニに行く時での、

ただの気まずさや、取るに足らないことさえ

「自動思考(根拠なきネガティブ)が出なかっただろうか?」っと、

気を引き締めている上に、

日常の中にも、「自動思考(根拠なきネガティブ)はどうだ?」っと、

気にしてしまいすぎています。

 

ストレスに段階があるというのは

本を読んで知っていましたが、

こういう状態でもどうやら段階がある模様です。

 

取るに足らない、外からの音に

いちいち、自動思考の確認をしたり、

コンビニやスーパーの買い物でも、

積極的に自動思考の確認をすることが、

実は凄く消耗しているような気がしてきました。

 

結果、「うつ状態」や「消耗状態」になっている気がしてならないので、

もう、「今までどうりにして行こう」と言う思いに至りました

 

パニック発作や予期不安などを呼び込む精神は、

今までは、

己の不徳の致すところと

自責の念と申し訳無さなどをかみしながら、後悔していましたが、

現段階においては、下手にそれらを怖がると

症状を悪化させかねない疲弊した思考だと思うに至りました。

 

「今の自分を無理しない」

この言葉を胸に刻みたいと思います。

 

「今の自分はどうだろう」っと、

自分を監視するような思考はやめます。

 

症状が出るのは、仕方がない。

それが早道だから。

それが合理的だから。

そしてそういう自分の過去があるから。

それが今の自分だから。

 

症状によって生まれた思考は

落ち着いてから合理的に消化していく。

 

そもそも症状を呼び込むかも知れないうつ的思考は、

自分自身として認めてあげる。

あらゆる非合理な自責の念を含む思考も、

時には受け止めて静かにする。

 

そうしないと、予想を上回った、きつい過去や

自責の念を攻める以外にない思考や

不安を煽るだけの思考しか浮かんでこない時間が大幅に増えました。

 

瞬発的に出る、症状。

 

呼吸が浅くなったり、吐き気が出たり、人が気になったり。

その上で、

他人の会話や、他人の視線や、他人の存在で苦痛を感じる。

そして、

さらなる苦痛を呼び起こしてしまう。

 

それはもうしょうがないと考えることにしました。

未来はそうじゃないと思いたいですが

今の自分を受け入れ、希望を持ちたいので。

 

蓄積である、パニック対策は継続しては行きますが。

たとえば、そういう緊張状態になるのはなぜか。

そういう緊張状態になったらどうなるのか。

どういう思考が生まれるのか。

生まれた思考はどう消化するのか。

緊張状態は、なんでなのか。

 

もちろんそんな苦しみはゴメンですし

味わいたくはない苦痛と緊張状態を呼び込んでしまい

さらなる苦痛となりますが、

コレはもうしょうがないと考えることにしました。

下手にこじらせないために。

 

日常の自分が、

緊張を呼び込むと思って、対応しようと考えましたが

過去にやってきた方法が

よほど効果的なので、

今はもう、コレ以上の回復を意識的に望まないことにしました。

(そうすることで今以上に回復すると思う意味もあります)

 

意識すると、「うつ」を呼び込んで

悪化してしまうからです。

「自意識過剰」も呼び込めば、「自責の念」や「不安」、

「焦り・焦燥感」も確実に呼び込んでしまい、

深呼吸すら出来ない状態になるのですから。

 

とりあえず、背筋を伸ばして

見たいところを見て、そういうふうに行こうと思います。

電車やバス、人ごみでは難しいかもしれませんが・・・。

 

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2016年 10月07日 疲れました

突然起こる緊張状態。

それにともなう、自責の念や不安などの自動思考。

その傷口を開くかのような、さらなる自責の念と

不安、自信喪失。そして、焦燥感・焦り。

そのスパイラル。

 

瞬発的な、緊張や

沸き起こる自動思考にはこれと言った

対処法はまだ良いのが思い浮かばないので、

緊張や、沸き起こる自動思考は、とりあえず耐えて

落ち着いてきたら

どうしてそこまでの緊張状態や体の不具合が出るのかを

思い出すことで消化していければいいと思います。

(そう簡単には行かない気がしまくりですが)

 

疲れやうつの影響もあるでしょうが

何らかの危機感のようなものがあって、

緊張状態を呼び込むのだと思います。

 

例えば、普段から「人に見られているのではないか」

「今あの人は自分のことを考えているのではないか」

「自分は取り返しのつかないひどいことをしてしまった」

と言った考えは、自分の部屋に居て外から聞こえてくる音でも

そう思ってしまうことがあります。

外に出ればなおさらです。

 

そういった考えが、おそらく危機感を呼び

過剰な緊張状態を引き起こしているような気が致します。

 

高校時代、バカ高校に通って緊張していた私は

常にヤンキーのマトにされないかという緊張感。

女子に見られているのではないかという緊張感。

女子を見てしまっているかもしれないという緊張感。

などなど、沢山緊張していました。

 

過去のことなので変えようがないですが、

今の自分の生活に落とし込むと、

ヤンキーが家に責めてきた!

女子が家のそばまで来た!

ヤンキーと目があったら喧嘩になる!

喧嘩に負けたら高校をやめさせられる!

ヤンキーグループにフクロにされるかもしれない!

と言った、危機感を持っているのかもしれません。

 

当然、ヤンキーに睨まれれば、緊張感が高まります。

女子が家の近くにいると思いこめば、緊張します。

 

道や電車の中で、常にヤンキーと遭遇したり

囲まれるかもしれない、と言うような危機感を持っていれば

緊張するに決まっています。

 

ましてや、ヤンキーに狙われているかもしれないと思いながら

もしくはヤンキーに囲まれているような状況で

楽しく飯など食えるはずもありません。

 

あぁ・・・。

何だったのでしょうか私の高校時代は。

 

ヤンキーはともかく、

緊張を呼び込みやすい危機感を常に持ってしまっているので

どうにかその思考をもみほぐすことが出来れば

症状も減っていくような気も致します。

 

そのためにも、役に立つのがおそらく

瞬発的に沸き起こる自動思考の、落ち着いてからの消化と

その後に起こる、不安や、自責の念、焦り、自信喪失などを

落ち着いてから、合理的な考えで消化して、

緊張状態の自分の症状(人が気になったり汗かいたり)が

なぜ肉体的にそういう反応が出るのかを落ち着いてから思い出し

コツコツやっていくことで、

常日頃から持ってしまっている緊張を呼び込む

根拠なき不安や思考を、

合理的で根拠のあるものに変えていくことが出来れば、

症状が減っていってくれるような気がしてきました。

 

と思いながらも、

「コレって今まで私が散々やってきたことじゃないか」

と言う考えも浮かびました。

 

でも、良くなるという期待はそもそも持っていなかったから

上手く行ったら大成功というくらいでいいのかなぁ。

 

ただ、もう一つ思うのは

うつの時にはそうなりやすい。と言うものです。

日常のうつ的思考(かも知れない)から

叶うのならば、うつ的思考じゃない方向に少しでもスライドしたいなぁ。

なんとかなるものなのかなぁ・・・。

 でも、こういう思考(うつ的思考)だから

ここまで来れたというのもあり得ますし、

今や過去の自分を余り否定的に見るのも消耗しそうですし。

どうしたものやら。

 

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2016年 10月06日 酔っ払いながら

 

ブッタ

1の矢・2の矢、のたとえ。

仏弟子は二本目の矢を受けることはない。

一本目の矢は身体に刺さる。

二本目の矢は心に刺さる。

身体に刺さる矢は避けようのない場合もあるが、

心に刺さる矢は避けることができるものだ

 

神学者ニーバ

神よ、

変えることの出来ない事柄については、

それをそのまま受け入れる平静さを、

変えることの出来る事柄については、

それを変える勇気を、

そして、

この二つの違いを見定める叡智を、

私にお与えください。

 

介護について。

閉ざされた介護の関係において

介護される側と

介護する側の関係性。

介護される側が、その気はなくとも支配者であり

介護する側が、その気はなくとも使用人のような

そのような関係性に陥りがちである。

される側も、する側も、

閉ざされた状況ではなく、

される側はされる側なりに

する側はする側なりに、

同じ境遇の人々との交流を怠らないよう心がけたい。

個での人は弱いけれども、関係性の中にあれば

他人との共有は自分を楽にしてくれるし

また、人を楽にさせることもある。

 

会話の重要性

1人では会話はできない。

相手に伝える、言葉の模索。

悲惨な状況に遭遇した時に、反応する自分と

反応から生まれる思考は、冷静に離しておきたい。

そのための言葉の模索。

経験者が残してくれた、経験談の鑑賞。

 

私ごときが、前例のない経験をするはずがない。

あらゆることから学ぶことは多い。前例があるから。

心理状態や、自覚症状の曖昧さ、他者の行動などにおいても。

そして自分自身はナマモノでしかも生きている以上

理想の自分に瞬時になれるはずはない。

 

人のストレスには段階がある。

今の私の酒量は、アルコール中毒かも知れないが

今の私にとっては必要なものだ。

今後もし緊張や不安が減ることがあれば

今のアルコールの量は、アル中に相当するだろう。

だが、今の自分に必要なアルコールは、中毒とはいえない。

今を無理してはいけない。

なぜならば、今を一生懸命生きていない人など居ない。

さらに、根拠なき行動であろうとも

人類の連続的関係性は、深くて実践的だから。

 

見えない全体像。

見えない未来や、際限のないと感じることは多々ある。

今の私は、際限のない苦しみや緊張に怯えている。

その対策は、今を見ること。

先を思い不安になっても、疲れるだけ。

間違っても、見えもしない未来を予測しないこと。

過去の経験は、多少仕方がないけれども

取り返しがつかないのだから、そこに留意すること。

そして、やっぱり、未来は不確定であることを忘れない。

 

出てしまう症状への対処。

座禅を組むことでの、筋肉や内臓の状態確認。

外から聞こえてくる音への自動思考への対処。

不安や恐怖などを、文字に書き出すことで

言葉にすることと、その恐怖などが自責の念に値するかの検証。

ストレッチなどによる、筋肉や筋の緩和。

深呼吸などの訓練によっての、対処法。

 

ストレス解消法。

自分に合わないストレス解消法は、さらなる疲労を招くだけ。

やらないほうがマシ。

あらゆるストレス解消法を身に着けて訓練しておくことで

解消できる不安や緊張を解消できれば

自信喪失や自責の念などの「うつ」からの脱却が可能かもしれない。

 

疲労

疲労回復は、一番難しいかもしれない。

疲労を自覚することすらむずかしい。

厄介だなぁ。

留意すべきは、休むこと。

自責の念や自信喪失が強い中では

精神力の消耗が予想されるので

休む。

環境を変えてしまうと、弱っている自分を望む危険があり

そうなると、本物の社会のお荷物になってしまうかもしれないので

大まかな環境は変えず、休める環境で休むように気をつける。

1週間しても、気持ちや体が回復しなかったり

自責の念や自信喪失、不安などが収まらない場合は

医者に行って薬をよこせという。

 

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2016年 09月28日 ホーム最終戦・日ハム優勝

  • 2016/10/04 20:29
  • カテゴリー:野球

ホーム最終戦。

埼玉西武ライオンズ

VS

北海道日本ハムファイターズ 

の試合を見てきました。

 

ホーム最終戦なので、

試合終了後に、監督挨拶、選手会長挨拶、引退する選手のセレモニー

などなどが行われるのですが、

まずは優勝を決めた日本ハムが

胴上げとかしまくっていました。

 

 

この日の先発は、

ライオンズ・菊池雄星

 

ファイターズ・大谷翔平

の、花巻東高校、先輩・後輩、対決でした。

 

菊池雄星に憧れて、花巻東に入学した大谷翔平。

 

この日の大谷投手は、完璧すぎて

森友哉選手のヒット1本だけという、

危うくノーヒットに抑えられてしまうところでした。

 

ただ、ライオンズも1点しか取られなかったので

悪くはなかったです。

 

 

引退する岡本篤史投手も、1打者相手に投げましたし。

 

試合終了後、日本ハムの胴上げ

優勝監督インタビュー、日ハムファンへの挨拶を見た後、

西武ライオンズの、セレモニーが開始しました。

 

 

今年で監督を辞任する、田辺監督は

現在のベテラン主力を育てた人なのですが

3年連続Bクラスの責任を取っての辞任でした。

 

 

ただ、オーナーが「人柄と経験を高く評価」していて

ライオンズのフロントに残る模様です。

 

新監督は、西武黄金時代の名2塁手。

辻発彦の模様です。

 

コーチ人事も、色々と変わるようで

ファンから評判の悪かった潮崎ヘッドは2軍監督の模様。

 

しかし、1番気になるのは

西武のプリンス、エース岸投手のFAの行方です。

 

 

西武は、FA行使でも残留に全力を尽くすと言っていますが、

今のところ、2年5億というしょぼい提示の模様です。

早くも楽天が、3年12億以上と言う記事もあるので

残留は難しそうです。

 

涌井が抜け、岸まで居なくなったら

ヤバすぎます。

 

 

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2016年 10月03日 背中とコギャルちゃん

過去のことを思い返す悪夢を見てしまい

汗だくになって目が覚めました。

 

着替えながら、背中に強い張りがあったので

軽くストレッチをしてまた眠ると

今度は、制服をだらしなく来たコギャルちゃん2人に

「自分」と「他人」の違いを話す夢を見ました。

 

良くは覚えてはいないのですが

ウンコ座りをしたコギャルちゃん2人に

その違いを聞かれて、

「自分」は自分では認識できない存在(とかなんとか・・・)。

「他人」は認識できる存在(とかなんと・・・)。

と言う説明をしたら、

コギャルちゃん達は、なんだか難しいことを言い出してきたので

「この子達にまた会いたいな」っと思った私は

連絡先を聞いて「また話がしたい」と言って紙を渡しました。

 

その子達は連絡先を書いてくれたのですが

1人のコギャルちゃんが

名前と連絡先の最後に「出産後一ヶ月」と書いていました。

 

目が覚めて、しばらくボーっとした後に

自分では自分を認識できないのは、半分あっているけれども

夢の中ではもっとうまく言葉にできていたように思いました。

 

発症する前からですが、

私は強く自分を意識していた自意識過剰で

「自分病」と言ってもいいくらい過度なものだったことで

発症にも大きく影響していると思っています。

 

なので、

「自分」はとりあえず横に置く訓練のようなこともしました。

 

無意識や、自覚、自我、本能、喜怒哀楽、などなど

自分で、どうにかすべきではない。ことが

沢山有るように心がけています。

 

一方で、練習次第ではどうにか出来る「自分」もあるとも思っています。

 

筋肉や関節などは、運動すれば発達します。

ある程度のお腹(内臓)の調子も認識できます。

呼吸も意識的にできると思います。

(症状の出現でそれらが全て出来なくなる時もあります)

 

悪夢を見た後に、着替えて、背中の張りを取ったら

制服を着たコギャルちゃんのパンツを見れました。

ちょっぴりエッチな良い夢です。

寝起きも良かったです。

 

認識できる「自分」(ストレッチ)が

認識できない「自分」(夢)を改善させてくれたと思っています。

 

悪夢が一転。良い夢を見れました。

 

パニック発作や、予期不安、節食障害などは、

出る前も、出てしまった後も、

認識できない「自分」だと思っています。

が、

認識できる「自分」。

それらの症状とともに沸き起こる、

「周りの人間になにか思われているに違いない」

「誰かが私を見ている。意識をひこうとしている」

「私がこういう人間だから皆そうするんだ」

と言った、これらの思考などは、

認識できる「自分」だと思っているので

訓練したら、大きく改善されたような気がしています。

 

ただ、いまだに、症状は呼び込んでしまいますが。

 

認識できる「自分」が、

認識できない「自分」の改善に

少なからず影響をあたえることが出来ることを思い出した

良い夢でした。

 

 

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2016年 10月02日 基本に立ち返る

症状が改善していった中で、

色々と病気に関する本を読んでいった中で

腑に落ちた文章がいくつかありました。

 

あまり良くは覚えてはいませんが

人類の歴史で、原始時代が圧倒的な長さを誇り

つい最近までは、

人はすぐに死んでしまう生き物だった。

 

病気になってはすぐに死に

自然災害ではすぐに死に

仲間はずれにされたらすぐ死に

食べ物を取ろうと狩りをしたら、やっぱり死んじゃう。

 

ついこの前までは、そんな生活が何百万年も続いていて

今のようになったのは、数千年程度でした。

 

と言うことは、人間の持つ生活習慣は

どう考えたって、すぐに死んじゃう時代の習慣のままのはずです。

 

理性や思考でそれらを押さえつけますが

湧き出す死への恐怖や、不安や緊張は、

その大きさなども含めて、

人がすぐに死んじゃう時代のままだと思います。

 

「戦うか。逃げるか」。反応というのが、

私の症状の核心をついているように思った記憶があります。

 

「戦うか。逃げるか」反応が湧き起こると

呼吸が浅くなり、神経が高ぶって高い緊張状態になり

視覚・聴覚も敏感になって、周りがものすごく気になります。

 

それと併発するのが、他人の行動と思考です。

「私は見られている」

「私にわざと聞こえるように言っているのではないか」

「私の気を引こうとしている」

「なにか私に対して思っている」

と言った考えが生まれて

厳しかった過去を思い出し、

過去の苦しさと現在の苦しさを結び合わせ

「過去にもあった。やっぱりそうなんだ」っと

合点がいってしまいます。

 

その一方で、

「戦うか。逃げるか。」反応で出た症状をこらえようと

脂汗をかきまくり、体が震え始めます。

 

そんな自分は、周りの人達に

「こいつなに大汗かいているんだ」

「震えてるぞこいつ」

「落ち着き無く怪しいやつだ」

と思われているという思いが働き、

さらに具合が悪くなっていき、呼吸ができなくなったり

強烈な吐き気とともに、めまいが止まらず

意識がもうろうとしていきました。

 

苦しい状態でしか無い「戦うか。逃げるか」反応を

自らの思考で「やっぱり」っと、肯定していく一方で

「周りから変に思われてしまう」と言う考えから

症状を押さえつけようとしながらも

症状が悪化していくという状況でした。

 

今も「戦うか。逃げるか」反応や

これらの症状は頻発しますが

ストレスと疲れの少ない状態で考えると

自分で悪化させてしまっていることに気が付きました。

 

ストレス、もしくは緊張の高い状況下で

「戦うか。逃げるか」反応が出ます。

コレはもう、何百万年もの間に人間として身につけた術なので

一旦しょうがないと考えます。

 

そして、人間にとって、生きるために身に着けたこの反応は

とても合理的かつ、自然なものだとも思えます。

しかし、今の社会にはまったくもって厄介極まりない反応とも言えます。

 

本来、死の危険を回避するために湧き出る

「戦うか。逃げるか」反応を、抑えて冷静になろうとすれば

「死」が待っている生活習慣を持つ人間ですから

抑えようとすれば、

さらなる強い反応を引き出してしまうことになるでしょう。

 

私は、今は少なくなったとは言え

世界で一番安全な、自分の部屋でも

この状態に陥ることがあります。

 

その症状を引き起こす原因として考えられるのが


「疲労」「うつ」ではないかと思っています。

 

「疲労」は「うつ」を呼び込みやすくしますし

「うつ」を強くもします。

「疲労」から「うつ」を呼び起こすのは

「うつ」になることで、「疲労回復」をねらっていると思われます。

が、その副産物として

余計な思考。が開店します。

 

特に厄介なのが「自責の念にかられる」ことです。

 

「うつ」は思考を悪循環させます。

さっきの繰り返しになりますが

「誰かが自分を見ている」

「自分のことを考えている」と言う考えを持ったら

なぜ見るのか、なぜ考えるのかと理由を探しはじめます。

そして「うつ」の影響下で、ひらめく思考は

自責の念を、しっかりと混ぜ合わせた

「自分がこうしているから(こうしたから)だ」と自分を責めて

「過去にもこういうことが山ほどあった」っと、自分責め成功です。

 

そしてどんどん自分を責めていき

本来、「こいつ休まねえから強引に休ませよう」と言う

人間の術である(と思う)「うつ」を、

思考によって、変に動こうとしたり、頑張ったりして

さらなるストレスや緊張による疲労を呼び込み、

「何だこいつまた疲れやがって。もっと、きつい「うつ」にしてやる」

と言う状態に入り込んでいくような気が致します。

 

敏感になることで

他人や他人の出す音や動きで、具合を悪くしますが、

その一方で、他人に嫌われたら終わる。と言う

何百万年も培ってきた人間の術もまた存在するように思います。

 

人から嫌われたり、仲間はずれにされれば

狩りもできないし、他部族とも戦えなくなって

「死」の確率が飛躍的に高まります。

 

ですから、仲間に嫌われることを、極度に恐れることもまた

人間の自然な姿であり合理的なもののように思います。

 

人から嫌われたくない。仲間はずれにされたくない。と言う思いは

何百万年の蓄積ですから、捨てることはおそらく出来ませんが

その思いに、「疲労」や「うつ」を加えると

悪循環におちいり、「疲労」と「うつ」を

強めて行き続けていくようにも思えます。

 

「疲労」と「うつ」の影響下では

「自責の念」が大活躍してしまい(と思う)、

「迷惑をかけているのではないか」

「自分のしたことで、嫌われてしまうのではないか」

「自分のことを考えているのではないか」と言った

根拠なき妄想が悪循環を招き

仲間はずれにされてしまうという危機感を強くしてしまい

「疲労」と「うつ」を、強く深くして

さらに、「緊張」や「不安」を高めていくと思われます。

 

 

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