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2006年10月29日  行動と言葉  (いじめの一因かと)

いじめとも繋がるかもしれません。
子供に教えようとすることや
システムを変えても
まったく意味がないことを知るべきだと思います。

言葉で言うこと。

それはとても道徳的で正しいと思います。

でもコレは大人と大人の関係性において機能するもので
大人と子供の関係性では
まったく機能しません。

出来もしないことを言う大人は
その行動で子供にぼろくそに思われるものです。

子供自体が言葉による感情表現よりも
行動による感情表現にその多くを依存していることと
感受性が強いがゆえに
大人の行動(いわゆる背中)。
動きや生活の中で見せていくことこそが伝わるのです。

母と父の関係が実に空気の重たいものだったことで
僕ことMr.弟は、皆に良い顔が出来る
潤滑油的ポジションを選びましたが
兄は、言葉に出来ない感情を
幼いながらも訴え続けていました。

それが理解できなかった親が
兄の教育方針に落ち込むと言うことになり
『違うんだよ!』と言う訴えを兄は更に試みましたが
ひどい反抗期と言う言葉でかたずけられました。

そう言う時代の中で生きた親と
そう言う時代の中で親に『違うんだ!』
っと、言い続けて今も伝わらない兄の心中。

本人の居ないところで
人の話をする親。

今も兄は
『違うんだ!』
『お前違うじゃん!』
と言うメッセージを送り続けているのだとしたら
いい加減拾って欲しいいものです。

でも、親は別居して母は変わってはくれません。

残酷ないじめが増えたのは
いじめっ子やいじめられっこは関係ないと思います。
また教師や学校や教育委員会だけを
責めても無意味です。

その町の名前と町議会議員や
偉そうにしているお年寄りや
その学校に子供を通わせている家族を含めて
問題化しないと
変わるはずはありません。

いじめは良くないと言いながら
近所の人がチョットおかしいとか
あの子のお母さんはどうだとか
父親は母親を
母親は父親を悪く言います。

そしてそのどれもが本人の前ではなく
居ないところで。

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