2018年 09月25日 心構えと、へっぴり腰

長尾和宏先生の、「抗がん剤10のやめ時」を読んで、

いかに自分が、動揺していたかを思い知りました。

 

少し動揺が収まったように思います。

きっと、主役である患者さんの闘病生活や

長尾先生のお考えや、経験を知ることが出来たからだと思います。

 

母親が副作用の強い抗がん剤をのんでから、

グングン元気がなくなって行き、

死んでしまうのではないか。

こんなに苦しんでいる母を見たことがない。

そもそも、がんになって、

こんなに抗がん剤で苦しむ人に接した経験もない。

ので

(無自覚に)ビックリしていました。

 

日を重ねるごとに弱っていく母を毎日見ながら、

ものすごく心配で不安でしたが、

それ以上に、ショックだったのだと思います。

 

だから、休薬期間で、グングン元気を取り戻していった母に

(それでも抗がん剤の副作用に苦しんでいた母にビックリした気持ちは維持)

「抗がん剤は辞めた方が良い」「毒を飲んでいるようにしか見えない」

「これで延命したら、どうだというのだろうか。延命するのか?こんなに弱っていくのに」

「出来ないことがドンドン増えていく薬って、おかしくないか?」

などなど、言ってしまいました。

 

しかし、この本のおかげで、「決めるのは本人」であり、

母の主治医からも

「イブランスの服用を、そんなにあっさり決めて良いんですか?

ご家族と相談したりしないのですか?」っと言われているようで、

母自身が決めたことです。

 

そこに口を出した私は、

ただ単に、動揺しまくっていた上に、母に余計なストレスがかかることを言ってしまい、

反省しまくっています。

 

知り合いが励ましのつもりで言ってくれたのでしょう。

「今はガンじゃ死なないよ」

母の友人もそのように言ってくれたと話していました。

 

何よりも父が胃がんを完治させているので、

物凄く軽く考えて受け止めていたか、

考えないようにしていたかだと思います。

 

残念ながら、母は末期がんの全身転移で、

もはや治る見込みはないのです。

 

という事は、ゆっくり枯れていくのでしょう。

そして死んじゃうのでしょう。

 

この、「治らない」「副作用が強い」を

ビックリしてアホになっていた私は、

まぜこぜに考えてしまいました。しかも早回しで。

 

さらに「死ぬ」と言う考えを、綺麗に消していました。

 

そもそも母は、最初に抗がん剤治療を希望しています。

副作用の苦しみも、その先にある「死」も考えてのことでしょう。

 

それなのに、母から、「あんたに頼んだ!」っと託されていたはずの私は、

「死」を考えずにいながらも、

石飛幸三先生の「平穏死のレッスン」を読んだりして、

勇気のない私は、「死」を考えない、「平穏」だけを都合よく受け取り、読んでしまいました。

 

抗がん剤の副作用を許せない!

医者に文句言ってやる!

母をあんなに苦しめてどう言うつもりだ!

っと言おうかどうしようかまで迷ったのですから

(母の病院が遠いことでパニック発作が怖くて悩み、酒飲んでいこうかという、狂った結論を出しかけるところでした)(危なかった)

私がかかっている、精神科のお医者さんに、

次回診察時に、報告しなければ。

 

長尾先生の本を読んだことで、

母は、「がん」であり、「末期」であり、時間をかけて抗がん剤の副作用に苦しみ、やがて「枯れて」行き、「死」を迎える。

そして抗がん剤治療は、「母」自身が「決めた」ことであり、

その後の、緩和病棟の予約までしているし

お墓まで購入しているのですから、

やっぱり母は、やがて「死ぬ」のです。

 

それが今、私自身が理解できているかはわかりませんし、

ちゃんと受け止められているかについてはサッパリ自信がありませんが、

この本を読んでおいて本当に良かったと思いました。

 

私のような、「パニック!」&「アホ」になった時に、

不治の病である「がん」を患った人の経過を追いながら

抗がん剤のやめ時を、紹介してくれたり、医師として

がん患者への接し方の経験を書いてくれたりしたおかげで、

母のがんを、ドアップで見ていたような(見たくないものは見たくなかったから)感じでしたが

少し距離をおいて、何よりも患者は母であることを

忘れないようにしなければと思いました。

 

 

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ ひきこもりシニア・中年へ
にほんブログ村

2018年 09月25日 抗がん剤 10のやめ時 長尾和宏著 読了

抗がん剤、10のやめ時と言う本を読みました。

物語とドキュメンタリーを混ぜて

患者の家族などにもわかりやすい形で

ストーリーが展開していく中で、

抗がん剤のやめ時になるであろうターニングポイントが

何度も登場してきます。

 

また、在宅医療もする、尼崎の町医者である長尾先生の

経験が豊富に盛り込まれているようですし

考え方や、受け取り方なども

多分に、とってもわかりやすく書いてありました。

 

胃がん患者さんが

長尾先生のもとを訪ね、胃がんの疑いが持たれたので

地域の拠点病院での検査をへて、胃がん決定、がん治療、抗がん剤投与、

そのサポート役としての、副主治医(主治医&医療チームは拠点病院)として

患者さんを支えながら、長尾先生のお話は進行していきます。

 

非常に勉強になったのが、

最初のやめ時が、抗がん剤を処方するかしないか。

その選択時点でした。

てっきり私は、

拠点病院に行ったら、有無をも言わさず抗癌剤治療が始まると思っていましたが、

始めるにあたって、やるか?やらないか?が選べるとは知りませんでした。

 

それと、最後まで(死ぬまで)続ける。

と言う選択もあるというのも、意外でした。

 

本の中では、

最後まで抗がん剤を使用し続けて死んでいく患者さんも

少なくはないということでした。

 

問題なのは、それを患者本人が望んだことなのか。

主治医はしっかりと、抗がん剤を続けるか、やめるか。その意思確認をしたのか。

決めるのは医者ではなく患者でなくてはならない。絶対に!

っと言う流れを強く感じました。

 

読んで良かったし、助けられた気持ちにもなりましたし、

なによりも、患者である母に余計なストレスを与えないでいこうという考えの軸が持てました。

 

 

2018年 09月23日 がん治療をする母

末期がん全身転移の母の抗がん剤、

イブランスの副作用の強さに、

すっかりビビってしまった私は、

母親に対して「イブランスは辞めた方が良い」と言ってしまいました。

 

が、

 

強い副作用にビビっていたら、

そもそも、抗がん剤治療は成り立たないのではないかと思いました。

 

癌細胞は自分の体で生み出したものですが

抗がん剤は、自分の体で生み出したがん細胞を

毒を持って殺しにかかった上に

様々な副作用がありますし。

 

抗がん剤を使用しないということは、

がんの進行に任せるということで、

ようは、抗がん剤を使うよりも、最短で死ぬような気がしました。

 

抗がん剤の副作用が嫌だから、使わない。

 

そう決めるのは、母本人であるべきなのに、

私は余計なことを言ってしまいました。

 

そもそも、病院探しから、緩和ケア病棟、お墓まで購入した

自分の人生の終末期にしっかり向き合った上で

しっかりレールまで敷いている母のすべきことに、

よっぽどおかしいと思わない限りは、口を挟むべきではなかったと強く後悔して、

母親に謝罪しました。

 

「やるべきと思ったことは自分でしっかりやる母さんに、

イブランスは辞めた方が良いなんて余計な口出してごめんね。」

っと言うと、母は、むしろ私を気遣ってくれました。

 

お母ちゃんのお腹で芽生えた私は、

母のお腹の中でスクスクと育ち、誕生!

まずこの時点で、母にかなうものがなにもないわけです。

 

母親には何もかなわないと言うよりも、

母親という存在がすごすぎて意味がわからず、

母親から生まれたということの理屈と言いいますか、

「母ちゃんから生まれたんだけれども、それってどう言うこと?」っと母に聞いたことがありました。

 

母の母、私にしてみれば祖母に当たりますが、

母は、母の母をどう考えていたかを訪ね直すと、

「すごい人だったわぁ~」っとのこと。

 

私が知りたいのは、母から生まれた私は、

その理屈がよくわからない。

常識的なことはわかるのですが、

母のお腹の中に居て生まれて、ありえない愛情で育ててくれて。

それってどう言うことなんだ?っと言う感じのことを知りたいのですが。

(しかし、20代くらいから結婚や出産する同級生などに言わせれば「滅私」はたやすいと言うか当然らしいですが)

 

それと、祖母(母の母)は、胃がんで亡くなりましたが、

当時、中学3年生で、

受験勉強(&テレビを見てダウンタウンの面白い話をメモったり、覚えてみたり)をしていた私は、

がんになって、抗がん剤治療を受けながら、死んでい行った祖母を

見守ることは、まったくなく、がん以後、

顔を見たのは、一回だけでした。

 

父が十何年か前に、胃がんになったのですが、

切り取って、あっさり退院。

その後再発が確認できないうえに、抗がん剤もそんなに強いものは飲んでいないとも思いますし、

当時父に「僕は歯医者さんに1年通っている。全部虫歯だと言われたから。それと今回の父さんのガンとどっちが重いのだろうか?」っと聞いたら

少し考えた父は、「お前の歯の治療のほうが重いかもしれないなぁ~。」っと、退院1ヶ月位で元気よく話してくれました。

(父は内視鏡手術とはいえ、取り出すときにお腹を切ってるわけですが)

 

友人などから「今、ガンじゃ死なないんだよ」と言った励ましのお便りもあり、

末期がんの母が、強い副作用のある抗がん剤治療をしている日常に、

思いっきりビビりまくった上に、

母の治療方針さえ否定したのですし、

多くのがん治療の患者様のブログにコメントを残したりして、情報を頂いたりもして、

このような私は、度し難いとしか言いようがないわけです。

 

母はしっかり考えのある人で、

母が必要と考えれば、自分でとことん調べて、自分でやってしまう人です。

逆に、必要がないと思えば最初から何もしません。

 

だから、病院選びから、緩和ケア、お墓の購入まで、完了済みなわけですし。

そのすべてを母は全部一人でやってしまいました。

(本人が言うには、「すぐ死ぬと思っていたから、お墓の購入は高い時に買ってしまった」)

 

母は全身転移の末期がん患者ですし、

70歳過ぎています。

だから、いずれ死ぬのは当然なわけですが、

死ぬまでの生き方と、本人が望む死に方は、

母はしっかり考えを持っているようですから、

口を出すべきでなかったと強く後悔しています。

 

自分の浅はかさを知れた(無知だし同じ間違いを繰り返しそうだなぁ)ことと、

今後はもっと強度を増していくであろう母の決断を

見守り続けられるのかが怖いという思いもあります。

 

が、成り行きに任せてしまおう。

 

と言っても、母は、強度の高い決断を強いられていくだろうし、

副作用も半端じゃなくなっていくだろうし。

でもそれが成り行きならば、

なんだか言葉に出来ないけれども、スッゲ~存在の母に、

結局は寄り添うしか無いわけです。

 

単純化すれば、

成り行きに寄り添う。

 

未来はわからない。

 

今考えることじゃない。

 

ましてや悩んだり心配はするけれども、

成り行きに寄り添って行くしかないと言う思いを

もっと強く持てたらと思ってやみません。

 

それに母には少しでも元気で長生きしてほしいです。

 

 

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ ひきこもりシニア・中年へ
にほんブログ村

2018年 09月20日 宗教勧誘 訪問

お昼すぎのくもり空の中、

部屋でぐーたらしていたら、不意に

「ピンッポ~ン」が鳴りました。

 

ピンポンの事前予告であるはすの、

バイクを止める音もなければ、

車が止まる音もないので、

出なくても良いかとも思いましたが、

万が一にも、宅配だった場合、

誰も得しない、

再配達を頼まなければいけなくなります。

 

再配達の宅配業者さんも嫌でしょうし、

再配達を待ち構えるコッチとしても、

緊張しながら長い時間待ってしまうのですから

ホイホイと、インターフォンで出てみました。

 

「〇〇教の、〇〇と申します。」

 

どうやら宗教勧誘の模様です。

ですが、最初にしっかりと「宗教名」と「名前」を名乗ってくれています。

 

この時私は、思いっきり歯を磨いていて、

口の中がブクブクしまくっていて、

喋ることが出来なかったので、

「あぁ~」っと言う反応だけしていました。

 

最近の自然災害や、情勢不安などを口にされた、信者さんは、

「どう思いますか?」と言う問いかけがあったので、

手近にあった、紙コップに口の中のブクブクを吐き出し、

ハキハキと対応することにしました。

 

宗教勧誘の多くが

「〇〇教の〇〇です」とは名乗らないと思います。

 

私の訪問勧誘の体験では、

「この地域で〇◯年ボランティアをしている。〇〇と言います。」(新興仏教系)

「よ~!久しぶり!」(新興仏教系)

「あの~。チョット玄関先まで出てきてもらえますか」(訪問販売)

「新聞何読んでますか?」(のちに空き巣と判明)

「近所に〇〇を開店しまして、ご挨拶にうかがっています」(訪問・強制買い取り)

 

後はだいたい宗教の勧誘と分かる出だしか、

訪問販売とわかる出だしなのですが、

今日、訪問された方は、真っ先に宗教名と名前を名乗ったので、

「うかつに対応できないぞ」っと言う思いもありました。

 

世界情勢や、様々な事件を引き合いに出し

いかがなものか?と言う思いを話された後に、

私の職業を聞いてきました。

 

「会社員です」っと言う嘘に

インターフォン越しでも明らかに、たじろぐのがわかった信者様。

 

「オレの日常を知っている人なのかなぁ?」

 

お声が若いので30代位の方ですか?っと言う問いかけに

本当は40代だけれども「ハハハ、30代です」と言う返事にも少し間をおく信者様。

 

普段は何時頃、おうちに居らっしゃいますか?

「仕事終わりで帰宅だから、夜遅くですねぇ~」っと言う答えにも間を置く信者様。

 

また訪問させてもらってもいいですか?ご家族の方とかはいかがですか?

「良いんじゃないでしょうか」

 

そして、布教のチラシをポストに入れて、去っていきました。

 

なんだか、会社員じゃなく、30代でもなく、平日の昼間っから

部屋でぼんやりしている私を

どこかで見たことあるんじゃないかな?っと、思いたくはなりましたが、

それこそ自意識過剰というものでしょう。

 

むかし、宗教の方が勧誘に来た時に、

まだ、家に住んでいた兄が対応したようなのですが、

科学的・医学的に、辻褄が合わない矛盾点を、

普通の信者さんの布教の時にぶつけたらしく、

「そんな意味のないことしたってしょうがないのに」っと思ったりしました。

 

(後日、その宗教系の大学出身の方が来て、私が出てしまいました)

 

今日訪問された方は、

「ありがとうございました」っと言うので

「こちらこそありがとうございました」っと言うと、

さらにお話を続けていく方でしたが、

信仰の中にある布教に、正直な方だったのでしょう。

 

うちの先祖のお墓は、浄土真宗ですし(一向一揆系ならば上がるんですが)、

無神論者の、無宗教の家ですから、

宗教に勧誘されることは、嬉しいことでは、もちろん無いです。

 

私本人は、

せいぜい、曹洞宗かなぁ(友達のお母さんが曹洞宗で葬式をあげて、それ以来宗教観がないから)。

曹洞宗のお坊さんが書いた本は何冊か読みました。

 

宗教や経典は、あまり否定したくないとも思っています。

特に今日、布教に来られた、最初にしっかり名乗ってくれる方とかに対しては。

 

聖書などは、想像もつかない昔からある上に、

多くの方々が、読みまくっていてなお、今も健在です。

兄は、今の最先端科学や、最先端医療で、

盲目的に救われたと信じている(っと兄が思い込んでいた)、信者さんを

理論的に追い込んだのでしょう。

 

ですが、「今」の最先端が絶対ではないですし、

現状、信仰や経典を否定してもしょうがないという思いもあります。

わからないですからね。

 

神さまが、居るかも知れないし、居ないかもしれないし。

今の科学や医学では説明がつかないことでも、

これだけの長い過去を乗り越えてきた経典を、

今の基準で否定しても、信者さんを嫌な思いにさせるだけだと思いますし。

 

「そんなものと比べるな!」っと思われるかもしれませんが、

私が応援している「埼玉西武ライオンズ」を、知り合いに話して

「野球なんて八百長だろ」とか、

応援しているアーティストさんの歌を、

「センス悪くねぇ。」とか言われれば、

かなり頭にきてしまいます。

 

人によって、経典の中に、救いの言葉を見つけたり

もしくは同じ寺院に集まる人々に強い安らぎを感じたり。

そういう感覚は、人によって違うから、

雑に、ダメージを与えてくる人でなければ、

尊重できる時は尊重しようとも思います。

 

ポストを見たら、なんだか怖い雰囲気の絵が書いたパンフレットがありました。

地球が終わっちゃうような、子供が苦しむような。

 

ですが、布教が、その方の信心の一部であって

コッチにも尊重の姿勢を見せてくれたならば

否定する気にもなれません。

 

なかには、信者の多さから、権力のように振る舞う宗教の噂も聞いたり

信者を獲得すれば、地位が上がる、本人も強く満たされる、っと言う

ヘンテコな宗教も多数存在しているようです。

 

ただ、税金が免除(実質・税金の投入)であるのです。

つまり政治に強い影響力があるのです。

無税に出来るくらいの強い影響力が。

そして、無税という弱みも握られています。

 

その際思うのは、政治家とバチバチやってくれれば良いのですが、

政治家に軽く舐められているようなことがないようにとは思います。

 

 

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ ひきこもりシニア・中年へ
にほんブログ村

2018年 09月18日 母・癌・息子

早朝から診察に行った母が、

帰ってまいりました。

 

検査データの紙を見せてくれるも、

なんのことやらサッパリです。

 

とりあえずお昼寝を勧めたら、

本人もそう思っていたらしく、グーグー寝てしまいました。

 

どうも母親の肝臓の癌細胞が、大きくなったようです。

それでイブランスにしたようです。

 

それと、母の乳癌の損傷箇所から

多く液が出るみたいで、匂います。

昨日の野球観戦の電車の中や、家でも気にはなりましたが。

 

なかなか母には言いにくいですが、

お風呂で体を洗った日に、匂いがある場合は、言うようにしています。

(来客がある時も)

(私自身は気になるくらいで、大した匂いには思わないのですが)

 

家のトイレの、尿石っぽい匂いも気になりますが、

今度、ドメストでトイレ掃除をしてみて

それでも気になったら言ってみようかと思います。

(この場合むしろ、不摂生な生活で酒呑みの、私の可能性もありますが)

 

今日の母の診察は、

「イブランスをやめる!」っと言おうと思ったらその前に、

医師の方から「免疫が下がっていますからもう1週間休薬しましょう」との提案で

1週間後に持ち越しになりました。

 

母は、手、皮膚が黄色いことを気にしています。

肝臓の癌細胞によるものかもしれませんが、わかりません。

口内炎にもなりましたが

やっぱり、わかりません。

さいわい髪の毛は減っていません。

 

今回の医師との問診で、

「アメリカ人並みの薬の処方をしている」と言われたそうです。

 

ネット上でサバイバーの方々に甘えて、不安をコメントとしてぶつけた結果

(125㎎を3週間・1週間休薬・1クール)、

それは70歳以上には、強いというご意見も、参考までにいただきました。

 

アメリカの70以上の女性。

乳癌由来の末期癌の全身転移の女性並みなのか、

平均的なアメリカ人に対する処方なのかが気になるところですが、

私自身は、イブランスに全く価値を感じないので、辞めてほしいです。

 

母にしてみれば、「癌細胞が小さくなった」、「肝臓機能が正常になった」っとか、

そういう話をお医者さんからされたら、

イブランスを続ける気持ちになるのは当たり前ですし、

実際に、イブランスによって、母自身が望むであろう死が迎えられるならば、

さまたげる理由もないわけです。

 

ただ、1クールを見ていて、

どうしても、母がグングン弱っていって、

出掛けることも出来ない。食事もツライ。

読書もできない。テレビも見られない。

 

母は、「耐えられないことはない」と言う副作用のようですが、

私にしてみたら、「毒」を飲んでいるようにしか思えないのです。

 

何も出来ず、布団の中で副作用を耐える生活というのは

果たして、治療なのかとも思います。

 

母は、シルバーパスが購入できる70歳以上ですが、

老衰と、治療による回復の境目の、すごく微妙なラインに思えます。

 

私は、89歳くらいまで行ってほしいと思っていますが、

どうしてもイブランスが服用に適しているとは思えません。

 

ひょっとしたら、イブランスを減薬して

母親も快適で、癌細胞も広がりを見せないのならば

それが理想なのですが、

現在は、癌細胞の反発。

癌細胞のカウンターのような

勢力拡大に貢献しているかのような服薬にも思えます。

 

休薬中の母親は元気です。

食欲は、あまり無いようですが。

 

老衰(治療はせず少ないサポート医療)と、治療(基本的に完治を目的とした治療)。

その境目を、そこそこでいいので

判断してくれるお医者さんならば良いのですが、

125㎎のイブランスを処方する時点で、

人間の枯れていく死に、無関心な方にも思えてなりません。

 

母も、当然、癌細胞は大きくしたくないでしょう。

肝臓の癌細胞も、肝臓癌の噂を聞くと、どうしたって悪化させたくないでしょう。

癌に侵食されたくないに決まっています。

理想的な治療での、出来ることはしたいに決まっています。

 

そこの見定めは、一体誰が出来るのでしょうか。

 

当然私は、母に長ければ長いほどまで生きて欲しと思っています。

いくら手間暇がかかろうと、

動物として、緩やかに、穏やかに。

 

静かに時間をかけて枯れていって、スーッと逝ってくれればと思いますが、

そもそも、イブランスを飲む前は、

こんな事は考えなかったのです。

 

やはり母にはイブランスを辞めて欲しいとは思いますが、

ガンにそれなりの効果があったら、70以上とはいえ80未満ですし

どうしたものでしょうか。

 

 

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ ひきこもりシニア・中年へ
にほんブログ村

2018年 09月18日 壊れたトタン屋根の修理

台風の影響で、ボロボロに壊れてしまい、

風が吹くたびに「バタン!バタン!」っと、騒音を発していたトタン屋根。

(正確には、ポリカ波板)

 

朝早く起きたこともあり、

さっそく、ポリカ波板の交換をすることにしました。

 

母からの提言で「異常のない他の板はそのままにしておいたほうが良い」とのこと。

 

3枚買ったポリカ波板のうち、

1枚だけ交換することにしました。

 

まずは、ポリカ板を固定している金具を外しますが、

サビまくっている上に、熱で溶けて癒着したんじゃないか?っと思うくらいでしたが、

ポリカが割れていたおかげで、ナットを回せない固定金具は、

ペンチでグニャグニャして、ポリカの割れている具合を利用して外し、

後は意外にも、100円ショップで買ったナット外しでナットがまわったので、

予想を遥かに上回る楽な作業でした。

 

すべてのボルトとナットは、

長年の直射日光で癒着していて、ボルトが回らないだろうと思いこんでいたので

カナキリノコを購入しておいたのですが、

全く使いませんでした。

 

新しいポリカの上に、外したポリカを乗せて、

金具を通す穴を開ける目印をつけようと思ったら、

なんと、新しいポリカの長さが足りなくって泣きそうでした。

 

やっぱりこういう単純ミスをするんです。

集中力や思考力がバカなんでしょう。

あれだけ気おつけたのに、金具の買い間違いをやっただけでなく

肝心のポリカが短いなんて・・・。

 

ただ、なんとか出来そうなので、

ポリカに目印を付けて、

先日購入した電気ドリルに、ドリルを装着して、穴を開けました。

 

家にあった、100円ショップで買ったヤスリで面取りをして、

いざ金具を通そうとしたら、

穴が小さくて通りません。

 

さすがにガックリ来ました。

ドリルを買うには、そこそこ離れたホームセンターに行かないといけません。

自転車で。

 

しかし、これまでの作業で、近所を気にしつつ自意識過剰に作業したおかげで、

ヘトヘトなのですから、凹みました。

大量に汗もかいていて、汗臭いでしょうし。

 

「近所の100円ショップにあるかも」と思い、

100円ショップに望みを託して入店。

ドリルはありましたが、私がホームセンターで買って小さい穴を開けたサイズのドリル以下しかありませんでした。

 

「さすがにホームセンターに行くのはキツイなぁ~」っと、足をガクガクさせながら思い

太陽が出たり隠れたりしている上に、なんか暑いですし、

汗はたっぷりかきましたし、腕も全身も、なんかツライですし。

 

フト!木工用のドリルが目に入りました。

大きさはちょうどです。

この木工用にいちるの望みを託して購入。

 

重たい体で作業に戻ると、

なんとか穴を大きくしてくれはしました。

ただ、ポリカが割れそうになって焦りましたが。

それと、その後のヤスリが大変でした。

 

ポリカを乗せて、金属金具を差し込んでいき

後はナットをしめれば終了なはずですが、

「一体この狭い幅でどうやってナットをしめたんだ?」っと言いたいくらい

家の屋根とポリカが僅かな隙間しか無いところまで

固定金具とナットを入れなければいけませんでした。

 

金具で固定しないと、結局強風が吹いたら

ポリカが反り返って割れます。

交換した意味どころか、

壊す作業になってしまうので、金具をなんとしても固定したいのですが、

そもそも、穴の位置がずれていました。

 

電気ドリルで穴を開け、100円ショップドリルで穴を大きくして、

金具を下から差し込み、

屋根とポリカの隙間になんとか手をツッコミ、

ナットを締めたいのですが、ナットが全然ハマリません。

 

ドンドン消耗しながら、

下からさした金具がおっこってどっか行ったり、

ボルトが全然ハマってくれなかったりを繰り返すも、

ようやくハマった時に、母が帰ってきました。

 

「おかえりなさい!」

 

あとは、さほど作業しにくい場所ではないので

丸椅子に乗って、つま先立ちしながら

100円ショップナット締めで、ポリカが歪まない程度にしめていき

なんとか作業を終えました。

 

当然息は絶え絶え。汗はかきまくり。

姿勢良く立つことなど出来ず、

手は震え、足はガクガクで、

腰砕け状態で、手を洗いました。

そして、ガリガリ君を食べました。

 

さすがにガリガリ君だけでは水分が足りないようで

昨日の野球観戦用に買って、余らせていた

ジャスミン茶を飲み干しました。

 

もしこれを業者さんに頼んだらいくら位なのか知りたいところです。

 

ちなみに、

必要だったものは

(間違い)ポリカ波板6尺(7か8尺がベストサイズですが)800円

メガネ型ボルトジャッキ 108円(100均)

固定用フックボルト 190円×2 380円

電動ドリル 1万円

(間違い)5ミリ ドリル(購入したフックボルトの太さから、8ミリが正解でした)800円

 

いらなかったもの

ポリカ波板6尺 800円×2 1600円

カナキリノコ 500円

カナキリノコ齒 700円

ひょっとしたら電動ドリル。

固定用フックボルト 190円

 

作業を終えて

今はただ、疲労感が強いです。

 

 

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ ひきこもりシニア・中年へ
にほんブログ村

2018年 09月17日 対ソフトバンク

ファンクラブ先先行予約で購入しておいた、チケットを手に

観戦してまいりました。

 

今年の西武は強いので(ずっと首位)、

ホームゲームで、休日などは、だいたい完売します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

強敵であり、難敵でもあるソフトバンク。

本来のレギュラーメンバーが、

怪我のために沢山スタメンから外れているソフトバンクですが、

それでも2位に居て、ジワリと優勝しようと爪をといでいる選手層の厚さは凄いです。

 

前日に、柳田(4億)が練習中に頭部に打球をうけて、静養中。

内川(4億)、デスパイネ(4億)、は2軍で療養中。

サファテ(5億)はアメリカで怪我の療養中。

(この日、試合の序盤に怪我で退場した、今宮(2億2千))

 

普通これだけ主力選手が怪我で

スタメンから外れていれば、最下位に居るのが普通なのですが。

 

一方西武は、9連戦の真っ只中にあって

オリックス戦・勝ち。

ソフトバンク戦・勝ち。

ソフトバンク戦・勝ち。

っと言う、素晴らしい流れでソフトバンク戦を迎えました。

 

かねてから、混雑がキツイので

遅く着くようにしていましたが、

停電の影響で、更に遅く着きました。

 

来場者全員プレゼントの

イレコミ君人形を受け取り入場。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スコアーボードを見ると

2回が始まっていました。

4対1で勝っています。

ソフトバンク相手に信じがたいことですが、

初回に栗山選手の満塁ホームランで、4点リードした模様です。

 

席に着き、すでに満塁ホームランでテンションが出来上がっている西武ファンの方々の

元気な応援に押されるように、

ガンガン応援しました。

 

しかし、4回盗塁を試みて、4回さされるのはいかがなものでしょう。

相手のキャッチャー、甲斐(4千)を褒めるべきでしょうか

 

試合が進む中、さっそく具合を悪くして

テンションがだだ下がりになっていきましたので、

途中で球場を出ました。

 

帰り道に、大歓声の後、「アッアッアッ!ラ~イオンズ!ラ~イオーンズ!」と聞こえてきたので

追加点を入れたのでしょう。

 

球場を後にして、

座って地元駅まで。

ケンタッキーを購入しようと、自動ドアーの前に行くと、

嬢王蜂級の大きさを誇る、スズメバチが、

自動ドアーから店の中に入ろうとしていました。

 

流石にお店に、でっかいスズメバチを入れてはまずいと思ったので、

少し離れたところで待っていたら、

5分位してようやくどこかに行ってくれて

お店に入れました。

 

家に帰り祝杯を上げながら、

「勝ちゲームの観戦はいつ以来だろうなぁ?」っと思いながらも、

勝ったのですから何も文句はありません。

嬉しすぎます。

 

 

 

翌日、早く起きたので、新聞を購入。

スター2人(栗山17年目1億3千・中村17年目2億8千)が一面で、素晴らしい気分です。

マジックも点灯したし、後は優勝です。

 

 

 

 

 

 

 

 

CSも、もちろん勝ち上がり、日本シリーズももちろん勝利。

日本一が見えすぎます。

 

これで菊池雄星投手(9年目2億4千)のメジャーポスティングの球団側の条件、

・三年連続二ケタ勝利

・日本一

をクリアーで、菊池投手も気分良くメジャーに挑戦できるでしょう。

 

 

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ ひきこもりシニア・中年へ
にほんブログ村

2018年 09月16日 「平穏死」 を受け入れるレッスン 読了

「平穏死」と言う言葉を作ったと言われている

石飛幸三先生による、

老衰からの自然死を、いかに本人にとって

苦しまず、尊厳も保てて、ストレス無く死ぬかを

特養老人ホームの勤務医、石飛先生が書かれた一冊です。

 

石飛先生が、最初に特養の勤務医になった時には、

胃ろうや点滴などの管人間がわんさか寝ていて、

「何かがおかしい!」と言う思いを持つと同時に、

スタッフの方々も「このままで良いのだろうか」と言う思いを持っていたようです。

 

胃ろうや点滴、管などによって

強制的に、医師が決めたカロリーを胃や血管に流し込んだりすると言う行為が、

「果たして、御本人は望んでいることなのだろうか」という強い疑問があった模様です。

 

誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)は、胃ろうでも起こるそうです。

肺結核などもお年寄りがかかりやすいもののようです。

 

そういった症状が出ると、救急車を読んで病院に搬送。

病院では、胃ろうを施したり、気道確保で喉を切ったり、

点滴を刺したりするようですが、

特養老人ホームの方の多くが、ボケているので、

そういった処置を取っちゃおうとします。

すると病院では、鎮静剤を打ったり押さえつけたりして、

退院を早く出来るように処置します。

 

すると特養に戻ってくる頃には、

管人間になって帰ってきて、特養でもそれを続けます。

 

しかし、そういった処置が果たして必要なことなのか。

食べられるのなら食べてもらって、

いよいよ飲み込まなくなったら、補助的な処置はするものの

管を通したり、余計なことをせず、

ただ本人の成り行きに任せて、

そして、眠ることが多くなっていくと、いよいよ死期が近くなっているサインで

更にその方に任せたままにすると、

実に穏やかに、亡くなるそうです。

 

人間は老衰には、延命をすべきではないのではないか。

余命に入ったら、ゆっくり枯れていき

食事を飲み込めなくなって、寝ることが多くなって、

穏やかに死ぬ。

 

そうしていくべきが、一番本人に負担もなく、尊厳も保たれているのではないか。

そういった、医師の経験や哲学にも近い考えが記載されています。

 

栄養を与えすぎれば、食堂から逆流し、

点滴や、管から栄養を与え過ぎれば、溺れるように苦しみの中死ぬことも少なくなく、

喉を切る、気道確保は、あまり書いてありませんでしたが。

 

治るのならば、治療すればいいし、完治を目指して

健康体を望むことは当然ですが、

果たして老衰にそれは当てはまるのか。

だいたい、老衰は治らないし、回復もしませんし。

 

年の行った親、特に母親は末期癌ですから、

色々と本人達の思いというものを考えておかなければならない上に

当事者と親戚ともすり合わせて、できれば1枚岩で、

親には穏やかに逝ってほしいと思いました。

 

 

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ ひきこもりシニア・中年へ
にほんブログ村

2018年 09月16日 母に言ってみる

全身転移で、末期癌の母親が、

イブランスカプセルを飲んで、1クールたちました。

 

薬を飲んでから、グングン元気がなくなっていく母を見ながら

心配と不安にさいなまれましたが、

3週間のんで、1週間休薬で、1クールの、

休薬1週間に入ってからは

メキメキ元気を取り戻していく母を見て、

「イブランスをやめれば良いのだけれども」っと思うも、

それは私自身が「不安や心配をしたくないだけで、ただ今を安心したいだけ」と言う感情が

きっと、多分に含まれている思いもあります。

 

イブランスは、世界中で売れまくっているようですから

おそらく効く薬なのだと思います。

ネット上でも、延命期間が伸びた。と言う結果が、医学的にも証明されているようです。

 

しかし、母の大好きな食事。読書。数独。お出かけ。テレビ。

それらが、薬の副作用によって、ドンドン出来なくなっていき、

布団で横になりながら、

苦しみに耐えているだけの1クールにしか見えませんでした。

 

それらの副作用と共に、余命が伸びたとして、

その期間の多くを、苦しみながら横になっている。

それで良いのかな。

 

なんのための延命抗癌剤なんだろう。

 

そういう思いがクッキリと、私の心の中で型ができましたので、

母親に「イブランスやめたほうが良くないか?」っと言ってみました。

 

母親と医師が決めた治療方針に口をだすことは、

極力避けてきましたが、

「おかしい」と言う思いがクッキリとした形ができましたので

言ってみたところ、

「やめられるのかしら?」っと言いながらも

やめることを検討してくれるようです。

良かったです。

 

その結果、「余命」が短くなるかもしれないし

癌が新たに転移することもあるかもしれません。

が、

ただ、布団に潜って、薬の副作用に苦しむ治療方法が良いとは

たとえ余命が伸びたとしても、

良いとは思えません。

 

食べたい時に食べて、読みたい時に読んで、

出掛けたい時に出掛けられて、

特段、苦しみがなく、寝込まざる負えないこともない。

そんな時間がたくさんあったほうが、

薬の副作用に耐える時間が増えるよりも、

遥かに良いと思うのです。

 

でも、あくまでも私の主観であって、

母がどう考えているかはわかりません。

 

緊急時ならば、喉を切って気道を確保したいかもしれないし、

胃ろうをつけてでも生きたいかもしれないし、

体に管を通しまくっても、

イブランスの副作用がどんなにツラくとも、

生きていたいのかもしれません。

 

なので、その辺りを母に聞いたら

「あんたにお任せ。信頼しているから」とのこと。

 

あぁ~。親戚と揉めそうだし「なぜ延命しないんだ」「なぜ治療しないんだ」「なぜ病院から帰ってきた」

と言う揉め事は多いそうですし。と言うか

必ずと言って良いくらいあるようですし。

 

かねて母にも、意思表示を明記した書類を書いて欲しい。

そしてそれを公証役場で法的に効果のあるものにして欲しい。

と言っても、全然やってくれないですし。

リビング・ウィルと言う同意書なようなものでもいいのですが。

 

https://kaigo.homes.co.jp/qa_article/107/

以下 延命治療について親の意思を確認したい、その方法は? から抜粋)

 

本人が意思表示できなくなった場合に、どのような延命治療を受けるかどうかを、

あらかじめ記入しておくもので、「生前の意思」を意味するリビング・ウィルとも呼ばれています。

いわゆる尊厳死や平穏死、自然死を希望する人が増え、それに伴い生前の意思を残すこと浸透してきたのでしょう。

文書の名称は、「尊厳死の宣言書」「事前要望書」「事前指示書」というように、特に統一はされていません。

 

母ちゃん書いてくれないかなぁ。

殺人罪や殺人幇助に医師が問われる可能性を潰しておきたいし

保護責任者遺棄致死、も気になるし。

 

最悪、私が罪に問われるのは良いとしても、

母の死生観に限りなく近いものにしたいから

医者から出来ないと言われる方法も、たぶん同意書があれば出来ると思うし。

 

 

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ ひきこもりシニア・中年へ
にほんブログ村

2018年 09月13日 ホームセンター

なぜかやたらと早く、目が覚めました。

 

もっと寝ようと思うも、体が床ずれで痛いのと

トイレにも行きたかったので、

今日一日を長く過ごすことでの

精神的な不安定さや、

ネガティブ思考が発生しまくるかと思うと

もっと寝ていたかったですが、

とりあえず起床いたしました。

 

この前の台風によって、家の屋根の一部が壊れました。

前々から、なおさなければと思っていましたが、

放ったらかしにしておいたのです。

 

なので、ホームセンターその1に行ってきました。

 

そもそも、何も用事も予定もない部屋に居ても、

母に対する不安が爆発したり、

過去(妄想)が爆発したりと、忙しくなって、

自意識過剰のアクセルをガンガン踏んでしまい、

挙句の果てには、近所から聞こえる音で、強い吐き気をもよおして

脂汗をかきながら、過去(妄想)を膨らませて、

浅い呼吸でハァハァと苦しくなって、

ノイローゼ悪化スパイラルを引き起こしてしまうのです。

 

ただ、このノイローゼ・スパイラルは、

症状の大小があったりはしますが、いつもやっています。

 

その1に着くと、意外にお客さんが多いことに驚きました。

 

まずは、目的の部品などを物色しましたが、

どうも思っていたものよりも質の落ちるものしか無く、

そもそも、部品自体がないものも多くありました。

 

長い時間ウロウロしていたので、

「万引きとか思われていたらどうしよう」とか、

「客じゃないくせに長く居て邪魔だな」とか、

「早くなんか買って帰れよ」とか思われているような自意識過剰が発動して、

その1を後にしました。

 

少し離れているその2に行きました。

 

途中、神社に寄って、母のことを神頼みして

おみくじで大吉が出るまでひこうと

自販機型おみくじを4回引きましたが

最高が中吉で、小銭が尽きたので、3枚のおみくじを神社のおみくじ結びに結んで、

1枚を持ってかえることにしました。

 

その2は、店舗も大きく、いつも繁盛しているお店です。

思っていた、材料が全て揃っていました。

 

しかし、私は集中力が低いし、

2度と合わない他人などに対して、

自意識過剰でひくつに気にしてしまうので、

いつも買い間違いをしてしまうのです。

 

そのことを思い出して、慎重に道具や材料を購入しました。

 

何故かこの時間、店内に居た女子高生の集団にビビり、

プロの工務店さんの邪魔になっていないかビビり、

それでも注意したつもりでした。

 

が、肝心の材料を1個間違えていました。

やっぱり、集中力が低いくせに、自意識過剰で精神力を使っているから

バカなのでしょう。

そしてひくつです。

 

荷物を持って自転車をこいでの帰宅を試みましたが、

恐ろしく重く、片手ではきつかったのですが、

私は車の免許を持っていませんし、

つい先日、家の車も処分したので、

この方法か、ホームセンターに戻って、配達を頼むかでしたが、

そのまま自転車に乗って運びました。

 

下校時刻の小学生に不審者に見られていないか。

いや、見られているだろうなぁ。

特に、1人で帰っているちびっ子は、

男子だろうと、女子だろうと、

不審者だと思っているんだろうなぁ。

 

っと言う、余計なことを思いっきり考えながら、

かなり大きくて重い材料を、

自転車をこぎながら、こけないか

全身をこわばらせながら家に持って帰りました。

 

精魂果てて、体がいつものように、フラフラして

耳も聞こえづらく、気持ちで立っているという

いつもの感じでしたが、

なんとか家につけてよかったです。

 

無事に・何事もなく。

 

作業はいつするかはわかりませんが、

焦らずゆっくりと、とにかく丁寧に進めていきたいと思っています。

近所の目を自意識過剰に・ひくつに気にしながら。

 

 

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ ひきこもりシニア・中年へ
にほんブログ村