プロフィール7、精神科

プロフィール

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精神科



寝ている時も起きている時も
動悸、吐き気、めまいが収まることがなく
強い緊張感と恐怖心から、
冷や汗が止まることなく出続けていました。

もうどうすることも出来ずにいたました。
一向に収まるどころか
常に苦しかったので、外に出ることも
家の中で落ち着くことも出来ず
食事はもちろん、水を飲むことさえ出来なくなっていました。

なんとか耐え続けましたが、
たまたま電話のあった中学の同級生に、今の状態を話すと
「精神科行けば?俺行ったことあるよ。」
と言うものでした。

耐えても、何をしても、
苦しさから逃れることが出来なかったので、
駆け込むように公立の総合病院の精神科に行きました。

とても乗り物には乗ることは出来ず
家から出れば、視界が真っ青になり、
息苦しさなども強くなっていき、
公園などで、耐え切れない、まで耐え抜き
倒れるのを覚悟して、病院に行きました。

お医者さんの診察はとてもシンプルなものでした。
かなりひどい病気か
かなりひどい症状だと思っていましたから。

お医者さんの処方は
少しでも楽になることがあったらそれをしてください。
と言うものであり、軽いノイローゼと言うものでした。
それと、精神安定剤と睡眠薬のようなものを処方してくれました。

家に着き、薬を飲んでみました。
数日後、6時間位の睡眠が取れました。
久しぶりに、グッと眠れましたが
それも、たまにで、症状の明らかな改善はありませんでした。
それでも、かなり頑張れば食事も少しとれる様になりました。

1年くらいが経ち、
少しだけ苦しさが少なくなったのだと思います。
何か少しでも楽になれることを探してみたくなりました。

遠くの病院に変えることにしました。
途中、多くの繁華街がありますし
その病院は私立の総合病院で、
良い医者がいるとの母の言葉もありました。

しかし、道中では相変わらず
強い緊張感と恐怖感の中
強い吐き気と息苦しさと動悸が絶えず出ていたので
電車の中では朝のラッシュ時にもかかわらず
立っている事が出来なかったので
車両の端で体育座りをして耐えていました。

精算と、薬の処方に何時間も待っている間に
気力も体力も使い果たしてしまっていましたが
帰りに繁華街へ寄って、色々と買い物をして帰りました。

残念ながら悪化してしまい、
繁華街へ寄る事も無くなって行きました。
遠すぎる病院と、長時間待たされることが
逆効果のようでした。

発症間もない頃から、
「このままでは居られない」
「負けない」
「絶対に健康になってやる。ならなければ死ねない」
そう言った気持ちを強く持って行くことになりましたが
その思いが行き過ぎたのか
駅のホームで通過列車のアナウンスを聞くと
「負けないんだ!」と思いながら
通過列車にぶつかって行こうとしたことが何度かありました。
「通過列車が!偉そうに!負けるか!」と言うことだったと思います。
やらなくって本当に良かったです。

1年ほど通った私立の総合病院に行かなくなった翌日から
薬で少し治まっていた症状が
一気にぶり返してきました。

耐えられるものでも
耐えて良くなるものでもないし、苦しいので
保健所に電話して
近所のクリニックを紹介してもらいました。