プロフィール10、回復

プロフィール

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回復



アルバイトを辞めてから
体調不良と自己嫌悪、そして焦りの中で
変わらず迷走している自分と、
変わらないパターンにはまることに対して
辟易していました。

持て余した時間の中で、
社会生活をしていない、自分に対して焦る気持ちが
不安なだけの未来を想像させ、
気持ちだけが焦ってばかりでした。

本屋さんで色々と目に留まった本を手にとって
家で調べて、購入して、試していく中で
自分自身の思い上がりと、
自意識過剰が浮き彫りになって行きました。

今まで、それほどだとは思っていなかったのですが、
こんなにも強かったのかと思い、
意識的に考えるようになりました。

思い上がりや自意識過剰から湧き出た、
極度の緊張や恐怖心がいい加減な根拠によるものだと思った時、
考え方、認識の仕方次第で
回復に向かう希望を持っても、良いのではないかと考えました。

病院とは別に、カウンセリングにも通ってみました。
自分自身の気持ちを言葉で家族に
伝えていくようにと勧められました。

母に家を追い出されて以来連絡の無かった父とも連絡を取り
私と父。私と母。私と兄。と言う関係の再構築を行いました。
意識していませんでしたが
その結果、父と母の関係も再構築されました。

視線恐怖においても、
自意識過剰が和らいでいき、
年齢を重ねていく中で、周りを見る目が変わり
グングンと楽になっていきました。

極端に変わることは無理でも
人とのかかわりの中で
その積み重ねによって、
実感の無い変化は
あるかもしれないと思うようになって行きました。

人と関わっていく中で
過去に築いた認識を見つめなおして
もう一度、経験・勉強していくことで、
視線恐怖にも女異性恐怖にも、対人恐怖にも
社会不安障害にも、ノイローゼにも、抑うつにも効果が
ジンワリと出はじめて行きました。

昔、食事は、ひとくち口に入れたら
強い吐き気と緊張で、涙ながらに吐き出していました。
誰も居ない部屋での食事も困難でした。
特に外食は、苦痛を伴う困難なものでしかない生活でしたが、
かなり症状がなくなって来た時に、
思い切って牛丼を外食してみました。
苦しくなることに怯えもしましたが
全て食べ切る事が出来た時に、
とても大きな喜びを感じることができました。

意識的に変わる必要も無いと思いました。

私は、私が混乱の中で思うような人間にはなれないでしょうし
なることを望むことは、
慎重にならなければならないと思っています。

毛先を変えることはあっても、
それ以上をダイナミックに極端に変えることは
私にはできることではありません。
私の頭の中に思い描く私になろうとしても
なれないし、
なろうとし過ぎる過剰な混乱は、
私が私を苦しめるだけの、混乱でしかないのですから。

人間関係の中で
私の思い描く私は、
常に私を苦しめるかもしれませんが
人間関係によって、
私が私に対してダイナミックに変わることを望まなければ
人を通して、自身を知り、
また、変わって行くかもしれないと思っています。

普通に呼吸ができて
吐き気が無く
めまいも無く
食事も取れる。

それがどんなに楽しくって、素晴らしいかを実感しながら生活をしています。