母に対しての楽観、自分の不安

母が、予想以上に食欲があり
ここ最近の生活が激変した訳ではまったくないので
母が、不安や悲しみや葛藤や悩みを、
抱えすぎていないかの不安は、かなり私の中で薄まりました。

もちろん体力も落ちていますし、表には出さないのですが
動揺やびっくりは多々あるのでしょう。
私の中には動揺やビックリはなお健在です。
母親の日常に安心していることや、時間の経過によって
薄まってきては居ますが。

当初は、母に対しての私の成長過程から反省したり
母に対しての態度を原因と考えたり
ちゃんとした食事を私が作らなかったからだとか
自分を責めましたが、
取り返しがつかないことでもあり、
そもそも母の病気に私がなにかできるわけでもないので
「なんで私は自分を責めているのかな?」っという疑問が起こり
「ビックリしている」「動揺している」「悲しい。寂しい」と言う思いがあったとは思いますが
ここに至って、母の死後に、自分の生活をどうするかを考えるに至りました。

現在は母親の年金頼みです。
父は80を過ぎています。
母が死んだ場合、私は、どのように金銭的に生きていくかを
真面目に考えなければならない時期に直面したとも言えます。

精神科のお医者様に相談してみますが、
精神障害者で、就労が出来ない私にとって
金銭面は重大です。
光熱費の支払や、食生活に必要なお金。

コロナ発生時から、不要不急の外出は避けてくださいとのお達しですが
金もないのに、不要不急の外出、ましてや娯楽に使えるお金などありませんし
母が免疫低下しているので、外出してコロナに私がかかるわけにも行きませんし
そもそも、私はおっさん引きこもりなので、外出はしませんでした。
(食料の買い出しは行きました)

現在、母亡き後に考えられる金銭的な考えは
今以上に切り詰めて、なんとか頑張る。
同居を前提に、父を頼り援助を受ける。
親戚を頼り同居を含み援助を頼む。
資産をゼロにして、最低限の生活のために行政の援助を受ける。
なのですが、親戚はおそらく頼れません。
父に対しても、おそらく難しいでしょう。
(母の死後の希望を叶えると)
行政の支援となると生活保護ですが、これもまた難しいでしょう。

そこまでだらけていて、非常に世の中に申し訳ない思いがあるのが
私は過去の忌まわしい記憶の数々から
酒や煙草を飲むので、行政に対して、そんなことをしては良くないという思いもあります。
いいんだよ。
っと言ってくれる方もおそらくいるでしょうが、
私の親戚で尊敬すべき方は、命を削り体が壊れても働き続けた方が居て
そういった税金ということを考えれば、やはり苦しいものがあります。

犯罪を犯して刑務所に行ったり、
ホームレスになって、支援を受けた方が
明らかに税金を余分に使ってしまいますし
ましてや犯罪とかを考えると、被害者がいる以上
恐ろしくてとても出来ません。

現在は、母親が生きていますので
母に寄り添い、母を気遣って生きていく今を大切にしているので
そこまで自分の未来を考えはしませんし、
そんな事を考えて母に余分な精神的負担をかけたくはないですから
あまり考えませんが、いずれ来るであろう未来の準備の予感くらいは考えています。

思春期から30代半ばまで、24時間パニック障害・接触障害で苦しみ続けた日々。
アルバイトをしても、集中力のなさと、
どうしても忌まわしき記憶を反芻してしまい、(妄想上の)人間関係で疲弊した上での
引きこもり生活。

ここまで、体力の問題かと思い体を鍛えても
タダ体が弱るだけの虚弱体質。
認知行動療法をしてみたり、仏教的思考を取り入れたりしながらも、
全く回復しなかった日々。
他の同世代が、楽しみ苦しみ経験をしていく中で
自分の部屋で24時間寝ているときもパニック障害で苦しんだ日々。
ようやく、症状が薄まってきたのかなっと思った時には
30代後半で、パニック障害も接触障害もほぼそのまま。
ただ単に、悩む力が、精神力や集中力や体力が落ちただけで
パーセンテージ的には改善していない自分の症状の数々。

仏教的思考と、認知行動療法のおかげで
まだ来ていない未来に対する不安が、イマイチ実感が無いのが
今の私の救いなのかもしれません。

  
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