母の体調不良

母は、体調不良が苦しいのか、
トイレ以外は寝床に居いるような状態です。
毎日30分~2時間ぐらい喋っていた会話も、
私が少しテンションを上げて話すと、つらそうにして会話も終わってしまいます。

「もう介護してもらっているね」っとチカラ無く言う母ですが、
私は、全く介護をしている気がなく、
食材の材料買い出し・ゴミ捨て・食事作り・呼ばれたら行く。と言う位しかしていないので
全く介護をしている気になってはいません。

ただ、母の外出時(ガンの病院への通院)などの時に
外で具合が悪くなったときに備えて、車椅子を常備したいと思うので
介護保険の申請などや、車椅子が1割負担で借りられるように、しておきたいです。
母も言いましたが、もっと早く申請しておけばよかったです。

昨日、調子に乗って酒を飲んだ私は
グーグー寝ていました。
母からのLINEは、通知があればチェックしていましたが
昨日作った、生たらこの煮付けが美味しかったよ。っと来て、
食事は取れたんだ。っと、安心してグーグー寝ました。

今日は買い物に行かないの?っというLINEを受け取り
起床して、母のもとに向かい、もちろん行きますよ。っと言うと
まだ痒みはあるが、収まりつつある。体は浮腫がある。具合も良くはない。
っと言いながらも、私を気遣ってでしょうか、
良くなってきたような気がする。食欲がある。今日はあんたがいつも買っている
唐揚げを私にも買ってきて。と言うリクエストを受けて
母の食事+唐揚げを購入し、帰宅いたしました。

玄関前では、年老いた犬がお散歩をしていました。
「もう歩きたくない」「家に帰りたい」「動けない」「抱っこして家に連れ帰って」
そんな感じの印象を受けました。
玄関前に枯れ葉が溜まっていたので、そそくさと掃除して
母に、食事と唐揚げを届けました。

なんだか元気そうな母を見たら、
この調子で良くなっていくのかな?っと思いましたが、
部屋に戻ってしばらくすると、LINEが届き、来て欲しい。っと。

母は、とてもつらそうにうつ向いて、
私の心は慌てましたが、吐いているのか。っと察しました。
体がよほどつらいんだ。背中を擦るのか、病院に電話するのか、
などを考えていましたが、母は割と元気な声で、
ゲロ用の袋をとってほしい。っと言うと、ゲロゲロして
あんたもう良いよ。と言いました。

唐揚げを食って、気持ち悪くなったのかな。っと思い
母の吐き気を心配しました。
かゆい苦しい痛いなどを、私には緩和することが出来ません。
そして、母親の「もう介護してもらっているね」っという言葉を思い出し
ひょっとしたら、緩和ケア-に入ったほうが良い段階に来ているのだろうか。
っという思いが浮かびました。

母親のガンの先生は、強い薬を出しがちなような気が私にはしますが、
だからといって薬を抑えていけば、
一時的に元気にはなるでしょうが、あくまで一時的(短期間)で、
おそらくは、その後は、滑り台を降りていくように
死に向かっていくような気もします。

だからといって、母の死を怖がりすぎても、母には負担でしょう。
ひょっとしたら薬が強いのかもしれない。
薬を段階的に弱めていけば、その方が母にとっては良いかもしれない。
かゆみ止めの薬は、副作用がここまで強いのかな。
それとも今は一旦停止している、ガンのお薬を飲まないから
体が、わかりやすいくらいにがん細胞と戦って、疲弊している影響なのだろうか。

様々な憶測を、偏差値43の高校を(約30年前に)無事卒業した私が、
色々と考えましたが、当然わかるわけがございません。

母の体調不良は、がん細胞によるものなのだろうか。
母の年齢も加味しているのだろうか。
当然、ステージ4の全身転移のガンで、進行形の病気ですから
「こういうものなんですよ」っと、専門家に言われてしまえば
そうなんだ。っと思うしかありません。

母の病院に、患者の家族も相談できる窓口があるので
そこに相談予約を取りました。
今の先生は、強いお薬を出したがる傾向にあるのではないか。
母は、痛いかゆい苦しいなどの思いはしたくないと言っている。
しかし、母は、気を使わせないためか、なぜだか、その手の苦しみを我慢してしまう。
今も吐き気や体調不良を我慢しているようだ。
っと思うと同時に、
今の強めのお薬の処方を抑えていったら、加速を付けて死に向かっていってしまうのではないか。
その過程で、痛みや苦しみ痒みや吐き気などが、軽減されれば良いけれども
どのような経過をたどるのだろうか。
がん患者はこういうものなのだろうか。
もっと、穏やかな段階を踏んで、枯れていくのかと思っていた。
ガンとは、こういった症状が出る病気なのだろうか。
お薬に副作用があるのではないだろうか。
私がショックを受けてビックリし過ぎなのだろうか。
こういう経過をたどり、こういうものならば、緩和の方向性も模索していかなければ。

かつて、「東京タワー」とい本を書かれた
リリー・フランキーさんが、メディアで仰っていた
「母親が死ぬ。私はひざまずいて泣き叫びたい。渋谷のスクランブル交差点に立った時に、
この人達は、こんなことを経験しているのか。それでも歩いて立って
何事もないようにしているのか!」っと、
自身のお話をされていました。

母には少しでも楽になって欲しいと思うばかりです。
私や兄弟や長男にも気を使い、でも、体は弱っていき、体調も不良。
どうか、我慢を強いることなく、穏やかに過ごしてほしいものです。

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