父親の「そう言うところだよ」

母の体調が回復傾向になり翌日。
朝8時頃に、自宅に父から電話がかかりました。

約20年くらい前から、母に家を追い出された父は
月極マンションに1人暮らしをしています。
家から自転車で20分くらいの場所に。

何度も何度もかかってきた後、留守番電話に
「電話に出て」っと言う、非常に暗い声を残していました。

そこから私の携帯電話に着信で、「具合が悪い。お母さんが電話に出てくれない。膝が痛い」
っと、元気なく語っていました。
母の携帯にもしつこく、着信を残した上に
LINEの方にも「電話に出て」「具合が悪い」「膝が痛い」「医者に痩せたと言われた」と、
連続で送りまくっていました。

なんだろう?っとは思いましたが、
母は昨日まで体調を崩し、苦しんでいました。
それに、母からは「私の状態や体調は言わないでくれ」っとお達しがあるので、
午後になり、父に電話をしました。
母がどうして電話に出ないのかは知らないけれども。っと前置きした上で
どうしたのかを尋ねると、「体調が悪い」「家に行ってもお母さんは出てくれない」
「電話に出てくれない」「膝が痛い」とのこと。
声の様子から、落ち込んでいるのか、なにか強い不安のようなものを感じました。

その夜、父にメールをして、母の心配をしすぎているようだね。
不安や動揺もあるようだけれども、
全く母の情報がないのだから、母に対する心配から、不安が膨らみ、動揺しちゃうのは当然だよね。
でも、出る出ないは母親次第だしね。っと、メールをしました。

返信には、「体調が悪い」「家に行ってもお母さんは出てくれない」
「電話に出てくれない」「膝が痛い」「お母さんに電話に出るように言って」っと。
兄からLINEが私に来て、「父から具合が悪い。との連絡を受けたから、年齢もあるしなるべく早く電話したら、特に具合が悪いようではなさそうで、母が電話に出てくれないとかそんな感じで、よくわからない」っと、来たので、兄も母から言われていると思うけれども、
母の状態や体調は言えない上で、父は母の心配をしているんだね。だけど、連絡が取れないから
不安が膨らみ動揺しているのかもね。父には、母も長年ガンと戦っていて、
気持ちは50~60代かもしれないけれども、年齢は増しているから、
気持ちに体がついていっていないのかもしれない。気持ちと体がマッチしない分
精神的にも肉体的にも、疲れている部分はあるのではないか。私は年相応でガンも患っている母だから
やっぱり気持ちも肉体も疲れているように思うよ。っと父には伝えた。っと兄に送りました。

翌日、父にメールで、本当は父と母の関係の間には立ちたくはないけれども。っと、前置きした上で、
母がなぜ電話に出ないのかはわからない。
心配するのはわかるけれども、母にも疲れやなんかもあると思うよ。っと送りましたが、
どうも、父は母のLINEに連続で送りまくっているようで、
あれ?っとなんだか変だなと言う思いもありました。
私もモヤモヤと疲労が溜まっているのを自覚して、
父から母への心配をしてからの不安の膨らみによる動揺ならば、
なぜ母の負担になるようなことを、父はしているのだろうか。
モヤモヤとした思いと、母が、父からの連絡に強い負担を感じているようなので、
父から母に宛てられた、LINEを見せてもらいました。
しつこくしつこく、「体調が悪い」「電話に出て」と。

翌日、午後に自宅の方へ父からまたしても連続して電話がなりました。
留守番電話には「電話に出て」っとの暗い声を残し。
私は、父はボケが始まったのかな?っと思いましたが、
母が本当に嫌な思いをしているようでしたし、母の負担も考えながら、
私自身も、変な疲れが溜まって、睡眠がわかりやすく乱れたので、
一回、ボーッとしながら、今日までの父の情報から、
この違和感と変な疲れはなんだろうと、ボケーッと、コタツに潜って考えました。

父は、強い不安が膨らんでいて、動揺しているということ。
それが母に向かっている。しかし、母は一切反応しない。
父の不安が更に膨らみ動揺も増して、電話やLINEがエスカレートしている。
しかし、それは母にとっても、私にとっても、強い負担と疲労
(簡単に言えば嫌な気持ちを強いられる)
を増すばかりで、一体父の目的は何なのだろう。
母に見せてもらった、父からのLINEは、母を心配しているものはなく、
母の都合や様子をうかがうものもなかった。
何に不安を膨らませて何に動揺しているのだろう?
父が母に伝えてきたことは、自分の体調が悪いとか、そればかり。
父は、母を心配して不安が膨らみ動揺しているのではなく、
父を心配しない母に対して、不安を膨らませて動揺しているんじゃないか!
と言う考えがしっくり来たと同時に、そういえば、昔からそう言う部分がバッチリあった人だった。
そんな思いが、クルクルいくつもいくつも、浮かんできました

これまでは、自分の父であり、長年に渡り家族のために一生懸命だったし
実際、私は父を尊敬して感謝という言葉では表せないくらい、凄い人だと思っていて、
今もその気持には全くのブレがないのですが、
その思いによって、私自身が強く感じている不快感や疲労感などを
無理に抑えては居ないだろうか。と思うにいたり、
とりあえず兄にLINEで、父は、母を心配して、不安が膨らみ動揺しているのではなく、
父を心配しない、母に対して、不安を膨らませて動揺しているみたいだ。っと送ると、
兄から、
なんだか、わかる。
「そーいうところだよ」ってやつね。
と返ってきました。

父には、昔からそう言う部分がしっかりあって、
こういった部分とまともに人として向き合うと、
嫌な気分になるし、疲弊するし、ガッカリするし、
私自身にもそう言う部分があることを思い出して嫌になるし、
激しい徒労感にみまわれて、何度も経験してきたことだった。と考えが固まり、
私の中で、父のそう言う部分は、サイコパスだな。っと思うことで、
考えるのをやめました。
サイコパスの意味を調べたり、そこからさらに考えることを辞める。
父のそう言う部分はサイコパスである。それ以上考えない。
そう思い、ボケーッとするためにコタツに潜ると、
だんだんイライラしてきました。そんな部分と、思いやりや気遣いを持って接してしまった。
兄や母はとっくに気がついていたんだ。さすがです。
なんだか私の腸も動き出し、久しぶりにトイレに行きました。

バカバカしいなっと思いながらも、それでも、尊敬する凄い人なのは私の中でブレず変わらないので、
(サイコパスな部分は除く)
気を使って、不安と動揺の中にいるであろう父を刺激しないようにメールを送ると、
「お母さんは突然会ってくれなくなって電話も出てくれなくって、
なにか行き違いがあるのだと思う」「これからも、電話は挑戦し続けようと思います」と、
こいつバカか!?っと、尊敬と感謝の念をブレずに持ちながらも、そう思いましたし、
母にこれ以上嫌な思いや、ストレスを与えてほしくはないとも思ったので、
父の不安と動揺を刺激しないように気おつけながら、メールを送ろうと思いましたが、
その前にもう一度母のスマートフォンを見せてもらいました。

着信多数。LINEのメッセージを見ると「マンションがエレベーターの交換工事をします」
「6階から階段を上り下りできません」「出前をやっている店もありません」
「膝が痛いです」「このままでは餓死してしまいます」っと。
私の方にもメールが来ていて、「マンションのエレベーターが使えない」
「膝が痛いから6回の階段の上り下りは無理です」「出前をしてくれるお店もありません」
っと、届いていて、
改めて、嫌なガッカリ感と徒労感に見舞われました。
それで不安になって動揺していたのか。

思い返せば、約20年前。
母が派手にブチ切れて、父を家から追い出しました。
当初、兄も私も、母の気がおかしくなった。っと思っていました。
父の話を聞いても、突然理由もなく追い出された。
(奇行)を受けた。被害を受けている。困っている。と言う言葉に、
父に同情して、母に元に戻って欲しいと思いました。

が、父に何度か会って話を聞くうちに、被害を受けている。困っている。っと言うばかり。
自分のことばかりを伝えてくるだけです。
これでは母の味方がいないんじゃないかな?
っと思って、色々と過去を振り返ったり思い返してみると、
母は、ずっと、ず~っと、身を粉にしただけでなく
父、兄、私に、こき使われ続けてきました。
しかも感謝の念も、ありがたいという気持ちもなく
やって当然という感じです。

例えば、犬が「ご飯くれ!」と騒ぎ出すと、
犬が鳴いてるよ!。前もって作っておけばいいのに。と母は言われてきました。
家の草が伸びれば「草が伸びてるね」。
網戸に穴があいていれば「網戸壊れているね」。
雨樋が詰まると、母が雨の中屋根に登って、雨漏りをなおしました。
みんな、母がやることが当たり前だと思っていたのです。
しかも、母は頼まれたのではありません。感謝もされません。
よく今までブチ切れなかったと思いました。

父・兄・私は、母に対して「主語」がありませんでした。
「私は草が伸びていると思います」「私は犬のご飯をお母さんに作って欲しいと思います」
「私は網戸が壊れていることを見つけました」。
で、頼むべきなのです。「お母さん草刈りをしてくれませんか」
「お母さん犬のご飯を作ってくれませんか」「お母さん網戸をなおしてくれませんか」
最低限、そう言えば、「はい」か「いいえ」と言う、「いいえ嫌です」と言えます。
「ご自分でやってください」とは母は言わないでしょうが、
そう言わない母を気遣い労って、「私がやります」となぜ言わなかったのか。
それまでは、「ヤレ」ということは言わないのに、やらせていました。
しかも、それらがどれくらい大変な作業なのかも考えない上に
母に対する思いやりや、いたわりの気持ちさえなく、もちろん感謝の言葉もありませんでした。

母は、嫌というほどこき使われてきました。だから、父からの連絡も
「また私を使おうとしている」とわかったのでしょう。
しかし、父にこれ以上電話や連絡をされても、母に余計な負荷がかかるだけですし、
少なくとも私は、父(サイコパス以外の部分)を尊敬と感謝で溢れてもいます。
ので、気を使い、そして父のここ数日の行いを、
不安と動揺があると思うからそうなると思うけれども。と注意深く書きながら、
父がガンの時、何度も電話をかけてくる人に対して「距離を取りたい」と思うのではないかな。
LINEなどの内容で「私の心配や都合を考えていないではないか。自分のことばかり不安と動揺を何度も送ってきているではないか」っと、思った相手には、やはり距離を取ろうと思うのではないかな。
っと、ヤンワリヤンワリ書いて送りました。
それに、父には痛い思いをしてほしくないし、怪我などをしてほしくないから
遠慮なく、買物でも何でもしますよ。っと。
その日に返信がないので、嫌なことを言われたという父のリアクション
「嫌な顔をして、ムスッとする」をやっているのかな?と思うと、
こっちが嫌な気分になっていきました。
昔、嫌な顔をしてムスッとする。をした父に、
嫌なことを言われたのなら、言葉にして言ってもらわないと分からないよ。っと言うと、
嫌な顔をして、ムスッとされました。徒労感。ガッカリ感。

翌日父から返信が来ました。
「その通りだね。これからもどんどん指摘してね」っと、
「お前が買物でも何でもしてくれると書いてくれて嬉しかったし、落ち着いたよ」っと、
メールの返信が来ました。
私は、なんとか母を守れたような気になれました。
父から頼まれれば、喜んで行くつもりでいます。
父が頼んできてくるかなという心配もありますが。
それと、今、出前の方法はたくさんあることや、介護保険の申請なども提案しましたが、
綺麗にスルーされました。何事もなかったかのように。
やってもらうもの。もしくは、私が心配して、私が自主的にやるものだという、
考えでなければ良いのですが(そう言う考え自体がないのかも)、
父のサイコパスな部分を考えると、十分ありえます。
私が心配して父の家に行く。そう言う使われ方をされたくはないのですが、
私にも父のサイコパスな部分は今もしっかり自分の中にあると思います。
だから、余計に嫌なのです。

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