母親の内心

母が余命1年宣告を受けてしばらく
母が家の掃除や整理を仕出しました。

最初は、銀行預金などの重要な書類を
わかりやすく整理しているのかとも思いましたが、
今度は洋服や、本や食器なども片付け始めました。
母は「暑い暑い」と言いながら
かなり黙々と、掃除をしていました。

私は、死ぬ前にやっておきたいのかな?っと思い手伝ったりしていましたが
どうも、体力以上にやっているように見えました。
「ひょっとしたら、母は死を目の前にして、気持ちに動揺があって、ジッとしていたくないのかな」
とも思いました。
なんだかそう思いながら見ていると、そう言う印象も受けます。

体力低下と暑さの中、黙々と片付けや書類整理をしている母。
動揺があるとしたら、それは当然でしょう。
これからどうやって死に向かっていくのか。
その間に何をするか。また、どういう段階に入っていくのか。
色々と考えてしまうでしょうし、気持ちが動揺するのはむしろ当たり前です。

母の体力低下は顕著です。
2年くらい前からガタリと体力が落ちました。
そして、コロナワクチンの接種後の副反応×3で、
ガタガタガタと、体力を落とした印象があります。

そうやって徐々に枯れて行き、最後を迎えるのでしょうか。
寂しくって悲しい気持ちになりますが、
私にできることは、なるべくそばにいて、
頼まれたことをやったり、母のお手伝いしかありません。
母の体力低下が目に見えてわかるので、やっぱり寂しさと悲しさは出てしまいます。
母の前では出しませんが。

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人間の言葉と体力

母のガンは、肝臓で増えているので
体力がガタッと落ちてしまっています。

母親自身は、体力の低下と、年齢によるものだと考えたいようですが
私が、母の肝臓にガンが増えたことを知ってしまった以上、
「若い格闘技の選手も、ガタッと体力やパフォーマンスが落ちる時があるんだよ。
先輩格闘家に相談すると、肝臓などの検査をしてもらえって言われて、
肝臓や膵臓や腎臓などの数値が悪化していて、
日常生活の改善で、内臓の数値を戻すと、体力やパフォーマンスが戻るらしいんだ。
肝臓に新たにガンが増えたのだから、体力低下は、
この暑さでも、運動不足でもなく、ガンによるものかもしれないね」
っと母に告げました。

言うかどうかは迷いましたが、
母の余命を母自身が考えて知る結果になればと思いましたので、言ってみました。
あまり母は、実感が無いようで、やはり、暑さや体力低下だと思っているようですが、
私が思うに、肝臓などの内臓転移やガンの増殖によるものだと思います。

近所のスーパーまで行き、買い物をして、帰ってくることも
とってもきつい様子です。
幸いなことは、食欲それなりにあることと
日常生活はこなせていることです。

スーパーまでの行き帰りなら、私が、二人乗り自転車を漕げば良いのかとも思ったので
いろいろ調べてみましたが、母を乗せて、荷物も載せて、漕げる自転車が見当たりません。
こうなったら自分で作るしか無いのでしょうか。
ただ、作業場所がないので、工場などに発注か、自転車屋さんに相談するかです。
子供を2人載せて漕げる自転車があるから、出来ないこともないと思ってしまいます。
ただ、おまわりさんに迷惑をかけたくないので、
よくわかりませんが、私は車の免許は持っていません。
私の集中力のなさで、車を運転することが怖いのです。
経済的な面においても無理です。

家系的な血筋において、明らかに車大好き家系なのですが
申し訳なくも私の軟弱な精神では、自動車免許は多分取れるでしょうが、
やはり精神的な障害による、集中力の欠如を気にしてしまいます。

本当は、母も、父も、私に「車出して」っと言いたい日常生活が、
毎日のようにあると思います。
そうすれば、スーパーの買物も、
量を気にしなくて変えますし、箱買いなんかも当たり前で、
少し離れた楽しいスーパーや量販店やホームセンターに行けるのでしょう。

今日も私はバカ丸出しで、スーパーに買物に行きました。
おナスが安かったのと、お刺身が安かったので。
もちろん自転車で。

入り口に差し掛かると、
ペットボトルのフタを捨てるボックスで、
アクセクしているお年寄りを見ました。
その方は、私が3個のペットボトルの蓋を捨ているのを待っていると
ご自身は袋に何十個もフタをすているようで、
順番を私に譲ってくれました。

おそらくスーパーのルール的にはいけないのでしょうが、
ペットボトルを捨てるゴミ箱は、1個ずつしか入れられないので
私はガバっと蓋を取り、「どうぞ」っと言いました。
そのおばあさんは、とっても感謝してくれて、
私も嬉しくなりました。

このスーパーでの買物は少量でしたので、
お野菜などの値段をチャックはしたものの、さっさと店を出ていこうとしたら、
今度は、大量のペットボトルの蓋を、一個一個、とても一生懸命に捨てている
おじいさんがいました。後ろに並んでいる方も居ますので、焦っていたのでしょう。
フタを落としたりしながら、慌てている様子でした。

私は、本体の蓋をガバっと取り、おじいさんは一気にすてられました。
「あぁ~。そうやるんですね。助かりました。ありがとうございます」。っと。
次に並んでいたおばさんも、ザラーっとキャップを捨てて、
「ありがとうございます」と言ってくれました。

スーパーに迷惑をかけてはいけないので、
キャップ以外の物が捨てられてはい無いかを確認した後に
ガバッと蓋を締めました。外は暑いですから。

なんだかスッカリ良いことをした気持ちになってしまいました。
お礼を言われたり、協力をしたことに自惚れていたのかもしれませんが、
暑い外で、あの方達の手間が省けてよかった。っといい気分になりました。
フタをガバッと取っただけですが。

ペットボトルも、ペットボトルの蓋も、
何十個か貯まると、ワクチン一回分寄付と言うことになるそうです。
スーパーに書いてありました。
そう言う、「何かの役に立つなら」っという気持ちも、
ペットボトルの蓋を捨てていた方の気持ちにはあるでしょう。
それに、この暑さの中、ペットボトルや、そのフタなどは、
早く処分したいと思います。

「どうもありがとう」っと言われて、なんだか嬉しくなりました。

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明日の診察の予習

私自身がお世話になり続けている
精神科の診察が明日にあります。
先日の予約では、病院に向かう途中、
熱中症になって病院に行かず帰ったこともあり
熱中症が怖いので、明日も行かなくてもいいかな。
っという思いもあったのですが、
母親が絶対に行ってほしいということもあり
通勤タイム少し後の時間に、病院に予約をとっているので
母を安心させるためにも行こうと思っています。

母親のガンの診察で、余命1年と宣告されて
当初私は、動揺しませんでしたが、「どうもおかしいなぁ~」っという
自分のネガティブな思考
・自分のせいで母は癌になったのではないか
・自分がここ数年しっかりしていないから癌が悪化したのではないか
・一体どうしたら良いのだろう
・もう会えなくなるのか。寂しい、悲しい。
などの自分の思考に気が付き、
自分がビックリして、動揺していることに少し気がつけました。

数日後、母にその事を話しました。
・私はビックしていると思う
・動揺もしていると思う
すると母は、「ごめんね。迷惑かけて」っという
温かい言葉をいただきました。
そして、母親自身も、ステージ4からのガン宣告から
これと言った日常生活の不自由もなく過ごしてきたから
この前の診察で、余命1年と宣告されてビックリした。っと母の心の内も
少しだけ語ってくれました。

現在の自分は、
・ビックリはしていない
・動揺はあると思うけれども、言葉にできる自覚はない
・母が余命1年宣告を受けたことに対する不安や悲しみがある(母が居なくなってしまう)
・母が父に対する恨みを抱えているのが心配(仏教的に恨みは煩悩で苦しみだから)

明日精神科のお医者さんに私が話すこと
・母が、余命1年と宣告されたことの経過
・当初は現実感がなかったが、次第に、ビックリした気持ちや動揺した気持ち、悲しみや寂しさもあると思うし、これからも動揺していくだろうという気持ち。
・母には、自身が望む終末期や最後を迎えてほしいという気持ち。
・しかし、私には、母に寄り添う力や支える力には、私自身の容量を超えては無理だという気持ち。
・苦しみ、衰弱していく母を受け入れる準備などはない気持ち。
・母は、父に恨みを持っていて、それを持っている母が楽になってほしい気持ち。

私が、24時間パニック障害で苦しんでいる時に取り入れた考え方で
強く仏教の影響を受けているのですが
「今」を感じる。とか、「人間(特に心)は、常に不完全」とか、色々ありますが
未来に対して、「さっぱりわかりません」というスタンスで
「今」の「リアクション」の積み重ね。「今日を生きれば明日が勝手に来ちゃう」
と言う考えが染み付いていますので、あまり予定や計画は持ちにくくなっています。

母には、気を使わせたくないですし、
かと言って、私の精神科のお医者さんにも上手く説明できる自信がまるでなく
かと言って、精神科に行かないと母が気にしてしまうので、間違いなく行きますが
・もし母が死んで、経済的に苦しくなったときの対処法
なども、今考えられないというか、
そうなった時にリアクションを取らざる負えないと思うので
その時に考えようとも思います。

とりあえず明日はしっかり起きて、精神科で診察を受けて
まずは母を安心させる。(と言っても母に対する不安な感情が思い浮かばないのですが)
熱中症にならないように対処して
二日酔いはしょうがないとしても、熱中症や二日酔いのできる対策はする。
(忌まわしい過去をどうしても思い出してしまうので、酒無しはきついのです)

そもそも母が先に死ぬこと。
その過程において、飼っていた犬が見せてくれたように
徐々に衰弱していって、「あれ?犬は生きる気がないのかな」などと考えつつも
身ぎれいにして何時間も膝に乗せて
眠るばかりの犬のそばに寄り添って、死んでいった犬。
う~ん。特に精神科の先生に吐き出せる、私自身の不安や動揺は
言葉に出来ないものはたくさんあるのでしょうが
どういったものにすれば良いのでしょう。

カマエイド 「口内炎が痛い」レシピを検索 | がん(癌)患者・家族の食事

死にゆく母と 心とお金

田村淳さんの、You Tubeチャンネルで
高知東生さんと、田村淳さんの対談を視聴いたしました。
【前編】高知東生さん、壮絶な過去を明かしてくれました。

拝見していて思ったのは、
・高知東生さんのように、私は、ここまですべてを素直に出し切れていない。
・高知東生さんのように、素敵な存在感と笑顔を尊敬するし、あんな笑顔に近づきたい。
と言うものでした。

その後に見た、大阪で行われた
元受刑者のシンポジウムのお好み焼き屋さんの会長が言われた
・過去は変えられません。しかし、自分と未来は変えられる。未来が変われば過去も変わる。過去の価値が出てくるんですね。
薬物に、手を染めたわけ…俳優・高知東生 過去への反省、更生を誓う!

私には、どうしても、価値に出来ない、過去と出来ない忌まわしい記憶があります。
依存症や逮捕されたことはないですが、
高知東生さんのあの佇まいと笑顔は、私も、忌まわしき過去の先に
あの素敵な笑顔や佇まい、そしてお好み屋さんの社長が言った、
過去に価値が出てくるということに、たどり着けるのかという不安もありますし、
ここまで苦しんできたのに、今更もう苦しい思いはしたくはないという思いもあります。

その後に見た、高知東生さんのチャンネルで
人は、他人に頼り助けられて、他人を助けていく社会奉仕によって
自身の回復につながっていく連鎖があることを考えさせられました。
明日から自慢できる!12ステップ豆知識

おまわりさんとか消防署の方や、その他色々、
仕事によって収入を得ている方は、全て社会奉仕活動をされていると思います。
(特殊詐欺や暴力団とかは除く)
あらゆる人々が、社会の欲求に対応していく社会にあって
私は、どのような社会奉仕活動をしてきたのか?
どのように人と関わってきたのか?
この忌まわしい過去の記憶を価値あるものと出来ないでくすぶっている自分とは何なのかを
スーパーで買ったお寿司を食べながら、お酒を飲んでタバコも吸っている私には、難題です。

ただ、自分のことは、この先変えていくとしても
母の余命には気を使わざる終えません。

母は、母が死んだ後の私の金銭的な生活基盤をとても気にしています。
母自身も、私が見る限りでは、
やはり死に対しての、動揺が母自身にも大きくあると思えます。
私も動揺していますが。

母にどのように寄り添っていければ良いのでしょうか。
母が抱く私に対しての金銭的不安に対しては、
行政の社会資源を調べていくことで「大丈夫です」と母にしめせれば良いのですが。

様々な、最後の迎え方・本、の出版数の多さに
どうも人は、身近な人の期待や本人の思い通りには死ねないのかな。
っと思わざる終えませんが、できるだけ母の哲学に沿った最後を迎えてほしいものです。

そのために必要な母の、終末期医療と
私の金銭的未来は明示しておくべきかもしれません。
とりあえず私のお医者さんに経過報告と
相談をして、ケースワーカーか、社会労務士しかわかりませんが
なるべく早く生きていく算段をしたいものですが
この暑さの中で外に出ると、すぐにバテて、お腹を壊します。
人が居ない場所でも、外食もできず、すぐ自分を追い詰めてしまう思考で
緩やかに母を看取れればいいのですが。

母に対しての楽観、自分の不安

母が、予想以上に食欲があり
ここ最近の生活が激変した訳ではまったくないので
母が、不安や悲しみや葛藤や悩みを、
抱えすぎていないかの不安は、かなり私の中で薄まりました。

もちろん体力も落ちていますし、表には出さないのですが
動揺やびっくりは多々あるのでしょう。
私の中には動揺やビックリはなお健在です。
母親の日常に安心していることや、時間の経過によって
薄まってきては居ますが。

当初は、母に対しての私の成長過程から反省したり
母に対しての態度を原因と考えたり
ちゃんとした食事を私が作らなかったからだとか
自分を責めましたが、
取り返しがつかないことでもあり、
そもそも母の病気に私がなにかできるわけでもないので
「なんで私は自分を責めているのかな?」っという疑問が起こり
「ビックリしている」「動揺している」「悲しい。寂しい」と言う思いがあったとは思いますが
ここに至って、母の死後に、自分の生活をどうするかを考えるに至りました。

現在は母親の年金頼みです。
父は80を過ぎています。
母が死んだ場合、私は、どのように金銭的に生きていくかを
真面目に考えなければならない時期に直面したとも言えます。

精神科のお医者様に相談してみますが、
精神障害者で、就労が出来ない私にとって
金銭面は重大です。
光熱費の支払や、食生活に必要なお金。

コロナ発生時から、不要不急の外出は避けてくださいとのお達しですが
金もないのに、不要不急の外出、ましてや娯楽に使えるお金などありませんし
母が免疫低下しているので、外出してコロナに私がかかるわけにも行きませんし
そもそも、私はおっさん引きこもりなので、外出はしませんでした。
(食料の買い出しは行きました)

現在、母亡き後に考えられる金銭的な考えは
今以上に切り詰めて、なんとか頑張る。
同居を前提に、父を頼り援助を受ける。
親戚を頼り同居を含み援助を頼む。
資産をゼロにして、最低限の生活のために行政の援助を受ける。
なのですが、親戚はおそらく頼れません。
父に対しても、おそらく難しいでしょう。
(母の死後の希望を叶えると)
行政の支援となると生活保護ですが、これもまた難しいでしょう。

そこまでだらけていて、非常に世の中に申し訳ない思いがあるのが
私は過去の忌まわしい記憶の数々から
酒や煙草を飲むので、行政に対して、そんなことをしては良くないという思いもあります。
いいんだよ。
っと言ってくれる方もおそらくいるでしょうが、
私の親戚で尊敬すべき方は、命を削り体が壊れても働き続けた方が居て
そういった税金ということを考えれば、やはり苦しいものがあります。

犯罪を犯して刑務所に行ったり、
ホームレスになって、支援を受けた方が
明らかに税金を余分に使ってしまいますし
ましてや犯罪とかを考えると、被害者がいる以上
恐ろしくてとても出来ません。

現在は、母親が生きていますので
母に寄り添い、母を気遣って生きていく今を大切にしているので
そこまで自分の未来を考えはしませんし、
そんな事を考えて母に余分な精神的負担をかけたくはないですから
あまり考えませんが、いずれ来るであろう未来の準備の予感くらいは考えています。

思春期から30代半ばまで、24時間パニック障害・接触障害で苦しみ続けた日々。
アルバイトをしても、集中力のなさと、
どうしても忌まわしき記憶を反芻してしまい、(妄想上の)人間関係で疲弊した上での
引きこもり生活。

ここまで、体力の問題かと思い体を鍛えても
タダ体が弱るだけの虚弱体質。
認知行動療法をしてみたり、仏教的思考を取り入れたりしながらも、
全く回復しなかった日々。
他の同世代が、楽しみ苦しみ経験をしていく中で
自分の部屋で24時間寝ているときもパニック障害で苦しんだ日々。
ようやく、症状が薄まってきたのかなっと思った時には
30代後半で、パニック障害も接触障害もほぼそのまま。
ただ単に、悩む力が、精神力や集中力や体力が落ちただけで
パーセンテージ的には改善していない自分の症状の数々。

仏教的思考と、認知行動療法のおかげで
まだ来ていない未来に対する不安が、イマイチ実感が無いのが
今の私の救いなのかもしれません。

母の余命に対しての予習備忘録

動揺しているつもりはなかったけれども
母の余命宣告を母から聞いて、私はかなり動揺している自分に
今気が付きました。
母の方が冷静で穏やかです。
言い訳をすれば、母が居なくなる近未来を思い
動揺しないほうがおかしい。
しかも私は自分の容量を超えて
母に負担をかけないように振る舞っていました。
母にはバレバレだと思います。
ここは正直に母に言おうと思います。
自覚がなかったけれども、動揺していること。
母が居なくなったら寂しいと想像していること。

どうやら母親自身もうまく消化していないようです。
母のことはわかりませんが。

母は、死に至る過程の私に対する負担や
死んだ後、私が無職の精神障害者であることの不安を考えているようです。

現在の不安としては、
今後の治療方針を如何にするか。
ですが、これは母自身のことなので、あまり負担がないようです。

私以外の、親しい親族にいかに余命を宣告するか。
長男は感受性が強く繊細で、深く心が傷つかないかを心配しているようです。
叔母さん(母の妹)に、話すこと。これもかなり気を使っているようで
叔母さんの性格上、民間療法や、非科学的な感情的な気遣い。
強い抗癌剤を使ってでも、延命治療すべき。などのアドバイスと
やはり叔母さんを深く傷つけてしまうという気遣いもあるようです。
私の今後の生き方にも深く配慮してくれています。

COMBO 地域精神福祉機構 親なき後に備えて私ができることは何か(本人)
https://www.comhbo.net/?page_id=3897

ホスピス財団 がん緩和ケア-に対するマニュアル 第6章
https://www.hospat.org/practice_manual-6-2.html

ホスピス財団 がん 緩和ケア-とはなんですか
https://www.hospat.org/public_what.html

朝日新聞 Reライフ.Net 【読者会議】がんと診断 それからの私
https://www.asahi.com/relife/article/11337814

東洋経済オンライン ガンと告知された人がその後迎える心境の変化
https://toyokeizai.net/articles/-/312867

肺がんとともに生きる 患者さんに知ってほしい思考のスイッチ
https://www.haigan-tomoni.jp/positive/thought_switch/patient/

日本終末期協会 終末期がん患者に出現する症状
https://jtca2020.or.jp/news/cat3/case/

日本産婦人科医会 がん患者に頻度の高い精神状態
https://www.jaog.or.jp/note/%EF%BC%885%EF%BC%89%E3%81%8C%E3%82%93%E6%82%A3%E8%80%85%E3%81%AB%E9%A0%BB%E5%BA%A6%E3%81%AE%E9%AB%98%E3%81%84%E7%B2%BE%E7%A5%9E%E7%97%87%E7%8A%B6%EF%BC%88%E6%98%8E%E6%99%BA%E9%BE%8D%E7%94%B7%EF%BC%89/

ホスピス財団 がん緩和ケアに関するマニュアル
https://www.hospat.org/practice_manual-7-1.html

イリーゼ ターミナルケアとは?本人が望む最後を迎えるために家族ができること
https://www.irs.jp/article/?p=33

文春オンライン 千人以上にがんを告知した医師が語る「ガンで不幸にならないほうほう」
https://bunshun.jp/articles/-/7390?page=3

ダイヤモンドオンライン 1000人の看取りに接した看護師が教える、最期を迎える人によく起こる、不思議な現象とは【書籍オンライン編集部セレクション】
https://diamond.jp/articles/-/306890





母の余命

ここ1年位、母の体力が急激に落ちていることは
共に生活している中で、自覚的ではありました。

歩く体力や、外出の体力も減っていました。
間もなく後期高齢者になる上に、
約10年前にステージ4のガンを告知されていて
副作用もある薬を飲んでいたのですから
基礎疾患(がん)と、薬の副作用と、年相応でそうなっているのかと考えていました。

母親の検査の結果、内臓のガン細胞が増えていて
主治医からは、余命1年と言われたと母からの言葉を聞きました。

母はそんな中でも私に気を使い
私に話すタイミングを考えていたようですが
「来週も病院に行く」と言う母の言葉を聞いて
これは良くないんだろうなという想像がすぐに出来たために
母に今回の診察を話してもらい、聞くことが出来ました。

その話を聞いた時は、母にストレスをかけないために
笑顔を絶やさず、普段の会話のような感覚で、色々と
診察の様子を聞きましたが、
気になったのが「私もいよいよ死ぬのか」っという母の発言でした。

そもそも、約10年前に死んでいてもおかしくはないのですが
この10年間、母の命を失う悲しみや悩みや葛藤、苦しみを
聞いたことがなかったので、
これから間もなく死ぬ母に、悲しみや悩みなどあるに決まっているのに
なんでそこに対して思いを寄せてあげられなかったのかを意識しました。

約10年前から、母は、薬による副作用はあったものの
髪も抜けず、日常生活も普通にこなし、痛みや苦しみなどはないように見えました。
しかし、当然死を前にしている状況下にあって
悲しみや悩みは当然あっただろうに、そこに寄り添わなかった
己の不覚を考えるに至りました。

そんな中でも、母自身が死んだあとに、私の心配をしている母。
長男や、親戚のおばさんにどう報告しようかと気遣う母の
幼い頃から変わらぬ心の優しさに、改めて敬意と尊敬をいだきましたが
母自身の、悲しみや悩みに対してもようやく私が目を向けられることが出来たように思います。

私は、精神障害者であり、まともに就労することも出来ません。
自分でも嫌だと思いながらも、過去の忌まわしい記憶を思い出し
ただでさえ低い生命力や体力を落とし
自暴自棄のような生活に陥ることも多々あります。
(仏教的思考や思想のおかげでだいぶ緩和しましたが、
睡眠時の夢で、リアルに再体験してしまったりすると、
しばらく自暴自棄のような状態に陥ります)
(明確な睡眠障害と自虐の念。忌まわしい過去の反芻、アルコールへの欲求、内蔵不良)

幸いとは言い難いですが、
家族の死に対しての経験は、兄が飼っていた犬によって経験をし
深い感銘と尊敬を獲得したことで
家族の死がいきなりではないという思いもあります。
また、長尾先生のご著書や、発言などで
死に対する補完を予習できていたのも、大きいのかもしれません。

母に言われるまで気が付きませんでしたが
母が死んだら母の年金は消滅します。
「あんたどうやって生きていくの」そんなことを
これから死に向かう母に心配させていることが、申し訳なさすぎました。
今からできることは、社会的援助の資源の模索しか無いのですが。
この暑さの中、少し動くとすぐに熱中症になる私としては
なかなかハードルが高いですが
今年で何度か熱中症にもなりましたが
パニック発作よりもマシだったこともあり
家に帰ることは出来ていました。
若き日に味わった24時間約20年のパニック発作よりも苦しくないので。

母の肉体的な病気に対して私ができることはありません。
おそらく病院の先生も、投薬や抗がん剤の投与以外は何も出来ないでしょう。

願わくば、母が現在抱えている悲しみや悩みを
正直に言える場所などがあれば良いのですが。
そして、穏やかに死に向かっていって欲しく思います。
点滴で溺れ死ぬようなこともなく
抗がん剤で、副作用で苦しんで死ぬのでもなく、
ゆるやかに、徐々に枯れていくように、終焉を迎えてほしいと思います。

ただ、私の命ではなく、私に命と人生を与えてくれた上に
全て惜しみなく支え続けてくれた、神様以上の母の
その、自身の希望は、私が望む母の死と違っていても
口を挟む余地はないのですが。

母は未だに父親(夫)を恨んでいます。
それを抱えているのが心配ですが。
無念を抱えているのかと。
でも、スッキリと気持ちよく死ぬ人がどれくらいいるのか知りませんが
それぐらいがあったほうが、人間味があると今は思うようにしています。

母は、今までやったことのない、抗癌剤治療を医者に勧められたようです。
しかし、私としては、今までどうりで良いか
在宅診療に切り替えるか(在宅看取り経験の豊富なお医者様に)
緩和ケア-もいいとは思っています。

人生の最後で、苦しんで死んでほしくないことと、
母親の哲学から考えるに、動物は動物として死ぬ。
と言う終末は、今になっての抗がん剤では、難しいと思うので。

ステージ4で、内臓にもガンがある以上、
全く痛みもなく、全く補助もないということは考えにくいので
最低限の点滴や投薬や、痛み止めは必要でしょうから
そう考えると、在宅が、現段階においての私のおすすめに思えてしまいます。

母には感謝しかありませんし、寂しくなるなっと思います。
どうか、穏やかに晩年を迎えてほしいと思います。
半年で死ぬか、もっと生きるかはわかりませんが
母の持つ哲学的な死生観に沿った晩年であってほしいと願いますし、
そのサポートをしていきたいと思います。

2018年 09月25日 心構えと、へっぴり腰

長尾和宏先生の、「抗がん剤10のやめ時」を読んで、

いかに自分が、動揺していたかを思い知りました。

 

少し動揺が収まったように思います。

きっと、主役である患者さんの闘病生活や

長尾先生のお考えや、経験を知ることが出来たからだと思います。

 

母親が副作用の強い抗がん剤をのんでから、

グングン元気がなくなって行き、

死んでしまうのではないか。

こんなに苦しんでいる母を見たことがない。

そもそも、がんになって、

こんなに抗がん剤で苦しむ人に接した経験もない。

ので

(無自覚に)ビックリしていました。

 

日を重ねるごとに弱っていく母を毎日見ながら、

ものすごく心配で不安でしたが、

それ以上に、ショックだったのだと思います。

 

だから、休薬期間で、グングン元気を取り戻していった母に

(それでも抗がん剤の副作用に苦しんでいた母にビックリした気持ちは維持)

「抗がん剤は辞めた方が良い」「毒を飲んでいるようにしか見えない」

「これで延命したら、どうだというのだろうか。延命するのか?こんなに弱っていくのに」

「出来ないことがドンドン増えていく薬って、おかしくないか?」

などなど、言ってしまいました。

 

しかし、この本のおかげで、「決めるのは本人」であり、

母の主治医からも

「イブランスの服用を、そんなにあっさり決めて良いんですか?

ご家族と相談したりしないのですか?」っと言われているようで、

母自身が決めたことです。

 

そこに口を出した私は、

ただ単に、動揺しまくっていた上に、母に余計なストレスがかかることを言ってしまい、

反省しまくっています。

 

知り合いが励ましのつもりで言ってくれたのでしょう。

「今はガンじゃ死なないよ」

母の友人もそのように言ってくれたと話していました。

 

何よりも父が胃がんを完治させているので、

物凄く軽く考えて受け止めていたか、

考えないようにしていたかだと思います。

 

残念ながら、母は末期がんの全身転移で、

もはや治る見込みはないのです。

 

という事は、ゆっくり枯れていくのでしょう。

そして死んじゃうのでしょう。

 

この、「治らない」「副作用が強い」を

ビックリしてアホになっていた私は、

まぜこぜに考えてしまいました。しかも早回しで。

 

さらに「死ぬ」と言う考えを、綺麗に消していました。

 

そもそも母は、最初に抗がん剤治療を希望しています。

副作用の苦しみも、その先にある「死」も考えてのことでしょう。

 

それなのに、母から、「あんたに頼んだ!」っと託されていたはずの私は、

「死」を考えずにいながらも、

石飛幸三先生の「平穏死のレッスン」を読んだりして、

勇気のない私は、「死」を考えない、「平穏」だけを都合よく受け取り、読んでしまいました。

 

抗がん剤の副作用を許せない!

医者に文句言ってやる!

母をあんなに苦しめてどう言うつもりだ!

っと言おうかどうしようかまで迷ったのですから

(母の病院が遠いことでパニック発作が怖くて悩み、酒飲んでいこうかという、狂った結論を出しかけるところでした)(危なかった)

私がかかっている、精神科のお医者さんに、

次回診察時に、報告しなければ。

 

長尾先生の本を読んだことで、

母は、「がん」であり、「末期」であり、時間をかけて抗がん剤の副作用に苦しみ、やがて「枯れて」行き、「死」を迎える。

そして抗がん剤治療は、「母」自身が「決めた」ことであり、

その後の、緩和病棟の予約までしているし

お墓まで購入しているのですから、

やっぱり母は、やがて「死ぬ」のです。

 

それが今、私自身が理解できているかはわかりませんし、

ちゃんと受け止められているかについてはサッパリ自信がありませんが、

この本を読んでおいて本当に良かったと思いました。

 

私のような、「パニック!」&「アホ」になった時に、

不治の病である「がん」を患った人の経過を追いながら

抗がん剤のやめ時を、紹介してくれたり、医師として

がん患者への接し方の経験を書いてくれたりしたおかげで、

母のがんを、ドアップで見ていたような(見たくないものは見たくなかったから)感じでしたが

少し距離をおいて、何よりも患者は母であることを

忘れないようにしなければと思いました。

 

 

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2018年 09月23日 がん治療をする母

末期がん全身転移の母の抗がん剤、

イブランスの副作用の強さに、

すっかりビビってしまった私は、

母親に対して「イブランスは辞めた方が良い」と言ってしまいました。

 

が、

 

強い副作用にビビっていたら、

そもそも、抗がん剤治療は成り立たないのではないかと思いました。

 

癌細胞は自分の体で生み出したものですが

抗がん剤は、自分の体で生み出したがん細胞を

毒を持って殺しにかかった上に

様々な副作用がありますし。

 

抗がん剤を使用しないということは、

がんの進行に任せるということで、

ようは、抗がん剤を使うよりも、最短で死ぬような気がしました。

 

抗がん剤の副作用が嫌だから、使わない。

 

そう決めるのは、母本人であるべきなのに、

私は余計なことを言ってしまいました。

 

そもそも、病院探しから、緩和ケア病棟、お墓まで購入した

自分の人生の終末期にしっかり向き合った上で

しっかりレールまで敷いている母のすべきことに、

よっぽどおかしいと思わない限りは、口を挟むべきではなかったと強く後悔して、

母親に謝罪しました。

 

「やるべきと思ったことは自分でしっかりやる母さんに、

イブランスは辞めた方が良いなんて余計な口出してごめんね。」

っと言うと、母は、むしろ私を気遣ってくれました。

 

お母ちゃんのお腹で芽生えた私は、

母のお腹の中でスクスクと育ち、誕生!

まずこの時点で、母にかなうものがなにもないわけです。

 

母親には何もかなわないと言うよりも、

母親という存在がすごすぎて意味がわからず、

母親から生まれたということの理屈と言いいますか、

「母ちゃんから生まれたんだけれども、それってどう言うこと?」っと母に聞いたことがありました。

 

母の母、私にしてみれば祖母に当たりますが、

母は、母の母をどう考えていたかを訪ね直すと、

「すごい人だったわぁ~」っとのこと。

 

私が知りたいのは、母から生まれた私は、

その理屈がよくわからない。

常識的なことはわかるのですが、

母のお腹の中に居て生まれて、ありえない愛情で育ててくれて。

それってどう言うことなんだ?っと言う感じのことを知りたいのですが。

(しかし、20代くらいから結婚や出産する同級生などに言わせれば「滅私」はたやすいと言うか当然らしいですが)

 

それと、祖母(母の母)は、胃がんで亡くなりましたが、

当時、中学3年生で、

受験勉強(&テレビを見てダウンタウンの面白い話をメモったり、覚えてみたり)をしていた私は、

がんになって、抗がん剤治療を受けながら、死んでい行った祖母を

見守ることは、まったくなく、がん以後、

顔を見たのは、一回だけでした。

 

父が十何年か前に、胃がんになったのですが、

切り取って、あっさり退院。

その後再発が確認できないうえに、抗がん剤もそんなに強いものは飲んでいないとも思いますし、

当時父に「僕は歯医者さんに1年通っている。全部虫歯だと言われたから。それと今回の父さんのガンとどっちが重いのだろうか?」っと聞いたら

少し考えた父は、「お前の歯の治療のほうが重いかもしれないなぁ~。」っと、退院1ヶ月位で元気よく話してくれました。

(父は内視鏡手術とはいえ、取り出すときにお腹を切ってるわけですが)

 

友人などから「今、ガンじゃ死なないんだよ」と言った励ましのお便りもあり、

末期がんの母が、強い副作用のある抗がん剤治療をしている日常に、

思いっきりビビりまくった上に、

母の治療方針さえ否定したのですし、

多くのがん治療の患者様のブログにコメントを残したりして、情報を頂いたりもして、

このような私は、度し難いとしか言いようがないわけです。

 

母はしっかり考えのある人で、

母が必要と考えれば、自分でとことん調べて、自分でやってしまう人です。

逆に、必要がないと思えば最初から何もしません。

 

だから、病院選びから、緩和ケア、お墓の購入まで、完了済みなわけですし。

そのすべてを母は全部一人でやってしまいました。

(本人が言うには、「すぐ死ぬと思っていたから、お墓の購入は高い時に買ってしまった」)

 

母は全身転移の末期がん患者ですし、

70歳過ぎています。

だから、いずれ死ぬのは当然なわけですが、

死ぬまでの生き方と、本人が望む死に方は、

母はしっかり考えを持っているようですから、

口を出すべきでなかったと強く後悔しています。

 

自分の浅はかさを知れた(無知だし同じ間違いを繰り返しそうだなぁ)ことと、

今後はもっと強度を増していくであろう母の決断を

見守り続けられるのかが怖いという思いもあります。

 

が、成り行きに任せてしまおう。

 

と言っても、母は、強度の高い決断を強いられていくだろうし、

副作用も半端じゃなくなっていくだろうし。

でもそれが成り行きならば、

なんだか言葉に出来ないけれども、スッゲ~存在の母に、

結局は寄り添うしか無いわけです。

 

単純化すれば、

成り行きに寄り添う。

 

未来はわからない。

 

今考えることじゃない。

 

ましてや悩んだり心配はするけれども、

成り行きに寄り添って行くしかないと言う思いを

もっと強く持てたらと思ってやみません。

 

それに母には少しでも元気で長生きしてほしいです。

 

 

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2018年 09月18日 母・癌・息子

早朝から診察に行った母が、

帰ってまいりました。

 

検査データの紙を見せてくれるも、

なんのことやらサッパリです。

 

とりあえずお昼寝を勧めたら、

本人もそう思っていたらしく、グーグー寝てしまいました。

 

どうも母親の肝臓の癌細胞が、大きくなったようです。

それでイブランスにしたようです。

 

それと、母の乳癌の損傷箇所から

多く液が出るみたいで、匂います。

昨日の野球観戦の電車の中や、家でも気にはなりましたが。

 

なかなか母には言いにくいですが、

お風呂で体を洗った日に、匂いがある場合は、言うようにしています。

(来客がある時も)

(私自身は気になるくらいで、大した匂いには思わないのですが)

 

家のトイレの、尿石っぽい匂いも気になりますが、

今度、ドメストでトイレ掃除をしてみて

それでも気になったら言ってみようかと思います。

(この場合むしろ、不摂生な生活で酒呑みの、私の可能性もありますが)

 

今日の母の診察は、

「イブランスをやめる!」っと言おうと思ったらその前に、

医師の方から「免疫が下がっていますからもう1週間休薬しましょう」との提案で

1週間後に持ち越しになりました。

 

母は、手、皮膚が黄色いことを気にしています。

肝臓の癌細胞によるものかもしれませんが、わかりません。

口内炎にもなりましたが

やっぱり、わかりません。

さいわい髪の毛は減っていません。

 

今回の医師との問診で、

「アメリカ人並みの薬の処方をしている」と言われたそうです。

 

ネット上でサバイバーの方々に甘えて、不安をコメントとしてぶつけた結果

(125㎎を3週間・1週間休薬・1クール)、

それは70歳以上には、強いというご意見も、参考までにいただきました。

 

アメリカの70以上の女性。

乳癌由来の末期癌の全身転移の女性並みなのか、

平均的なアメリカ人に対する処方なのかが気になるところですが、

私自身は、イブランスに全く価値を感じないので、辞めてほしいです。

 

母にしてみれば、「癌細胞が小さくなった」、「肝臓機能が正常になった」っとか、

そういう話をお医者さんからされたら、

イブランスを続ける気持ちになるのは当たり前ですし、

実際に、イブランスによって、母自身が望むであろう死が迎えられるならば、

さまたげる理由もないわけです。

 

ただ、1クールを見ていて、

どうしても、母がグングン弱っていって、

出掛けることも出来ない。食事もツライ。

読書もできない。テレビも見られない。

 

母は、「耐えられないことはない」と言う副作用のようですが、

私にしてみたら、「毒」を飲んでいるようにしか思えないのです。

 

何も出来ず、布団の中で副作用を耐える生活というのは

果たして、治療なのかとも思います。

 

母は、シルバーパスが購入できる70歳以上ですが、

老衰と、治療による回復の境目の、すごく微妙なラインに思えます。

 

私は、89歳くらいまで行ってほしいと思っていますが、

どうしてもイブランスが服用に適しているとは思えません。

 

ひょっとしたら、イブランスを減薬して

母親も快適で、癌細胞も広がりを見せないのならば

それが理想なのですが、

現在は、癌細胞の反発。

癌細胞のカウンターのような

勢力拡大に貢献しているかのような服薬にも思えます。

 

休薬中の母親は元気です。

食欲は、あまり無いようですが。

 

老衰(治療はせず少ないサポート医療)と、治療(基本的に完治を目的とした治療)。

その境目を、そこそこでいいので

判断してくれるお医者さんならば良いのですが、

125㎎のイブランスを処方する時点で、

人間の枯れていく死に、無関心な方にも思えてなりません。

 

母も、当然、癌細胞は大きくしたくないでしょう。

肝臓の癌細胞も、肝臓癌の噂を聞くと、どうしたって悪化させたくないでしょう。

癌に侵食されたくないに決まっています。

理想的な治療での、出来ることはしたいに決まっています。

 

そこの見定めは、一体誰が出来るのでしょうか。

 

当然私は、母に長ければ長いほどまで生きて欲しと思っています。

いくら手間暇がかかろうと、

動物として、緩やかに、穏やかに。

 

静かに時間をかけて枯れていって、スーッと逝ってくれればと思いますが、

そもそも、イブランスを飲む前は、

こんな事は考えなかったのです。

 

やはり母にはイブランスを辞めて欲しいとは思いますが、

ガンにそれなりの効果があったら、70以上とはいえ80未満ですし

どうしたものでしょうか。

 

 

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